菅野よう子 名曲集「Tank!」代表作「花は咲く」大河『おんな城主直虎』名OPと彼女の魔法とは?

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今回は天才カリスマ作曲家として名高い、キラキラ女性作曲家の菅野よう子さんについてのレポート第1弾。数えきれないほどのCM曲、アニメ・ドラマ・映画のOPテーマ等を提供している彼女の鮮やかな楽曲の数々は彼女のビビットで豊かな生き方を象徴しています。彼女の生き方からも、キラキラのカケラをいただきましょう!

今回は彼女の現在の活躍に広げていった最大の武器菅野よう子さんの持つ魔法」の数々についてフォーカスしてお届けします!

まずは天才作曲家 菅野よう子(菅野洋子)のプロフ経歴から見てみる

菅野よう子さん
菅野よう子さん

早速、菅野よう子さんのプロフィールやご活躍の経歴からまとめていきたいと思います。どうやら小さい頃から音楽の才能に恵まれ、かなり若いころからご活躍されていたようです。

プロフィール(うお座・感情的なライオン)

◆名前:菅野よう子(かんの ようこ)

◆本名:菅野洋子(かんの ようこ)

◆生年月日:1963年3月18日

◆出身地:宮城県仙台市

◆血液型:O型

◆最終学歴:早稲田大学中退

◆音楽制作会社GRAND FUNK、音楽レーベルFlyingDog

◆職業:作曲家、編曲家、演奏家、音楽プロデューサーほか

注)即興ピアニスト・作曲家の菅野洋子とは同姓同名であるうえ宮城県出身、早稲田大学出身という経歴も似ているが別人である。

◆星座:うお座(上記データより管理人が算出w)

◆動物占い:「57.感情的なライオン」(上記データより管理人が算出w)

楽曲からはどちらかというとクールな印象の強い菅野よう子さんですが、動物占いで調べてみると「感情的なライオン」の特徴として「愛情表現が下手、頭の回転が速く競争心が強い、見た目は冷静で内面では喜怒哀楽が激しい、真面目」という特徴があるそうです。数々の素晴らしい作品をこの世に送り出すエネルギーを想像すると、クールな印象とは裏腹に内面的な感情のパワーがあるのかもしれないですね。

ピアノと戯れる菅野よう子さん
ピアノと戯れる若き日の菅野よう子さん 2012年以前
近年の菅野よう子さん
近年の菅野よう子さん

また、菅野よう子さんは50歳半ばにはとても見えないとてもチャーミングなお顔立ちをされています。いつも素敵な作品をつくるため外から色々な刺激を受けて、様々な分野の方と垣根を越えたパワーの交換をすることが、若々しい「魅力的な顔」をつくるのかもしれません。何となくですが、NHK用とその他で感じが違います(笑)シーンごとにセルフプロデュースされているのかもしれませんね。

攻殻機動隊 素子少佐
攻殻機動隊 素子少佐

 

 

 

 

 

私自身はアニメ「攻殻機動隊」のOPテーマをきっかけに菅野よう子さんのお名前と存在をはじめて知ったので、つい最近まで菅野よう子さん攻殻機動隊の素子少佐 みたいなイメージに勝手になっていました(笑)若い頃は少し似ている印象もなくはないですが、素子少佐よりもだいぶ柔らかい印象のご本人ですw

大まかな経歴(バンド→ゲーム音楽→CM楽曲→アニソン→歌手プロデュース)

次に菅野よう子さんの現在のご活躍に至るまでの経歴を時系列に見ていきましょう。(主にwikiより抜粋)

1963年– 宮城県仙台市で生まれる。父は日本文学の研究家、母は元看護婦、兄弟は5歳上の兄がいる。

1967年 – 近所のピアノ教室に通い始める。中学生クラスに入るが、教師から「もっと子供らしい曲を作りなさい」と言われる

1974年 – ヤマハ・ジュニア・オリジナル・コンサート全国大会で川上賞を受賞

1982年– 早稲田大学入学。すぐに軽音楽サークルでアマチュアバンド活動「てつ100%」を始め、大学には1週間しか行っていない。

幼少期から音楽の分野でキラっとする才能を発揮されていたようですね。あとでインタビューでのお話をご紹介しますが、特に幼少期には言葉で気持ちを伝えるよりも音楽で伝える方がしっくりくるし簡単だった、というようなエピソードがあります。小さい頃から最大のコミュニケーションツールが音楽だったわけですね。

第3回 ヤマハ・ジュニア・オリジナル・コンサート’74 川上賞受賞

それにしても、「もっと子供らしい曲」って何なんですかね(笑)

そこで音楽をだいすきな気持ちを心ない大人(しかも教師!)に潰されることがなく済んで、本当に良かったと思います。彼女自身も幼少期のことを次のように話しています。

2歳半くらいの頃にはもう曲を作っていました。言葉で言えないことを音にしてたと思うんです。致し方ないコミュニケーション手段と言った方がいいのかも。だから例えばコマーシャルでスポンサーさんが「商品をこう見せたいんだ」とか理論的なことをおっしゃる。その概念は分かるんですけど、言葉よりも音楽にしちゃう方が自分にとっては楽なんです。通訳みたいな感じがしますね。(『CMようこ』インタビュー Vol.1より)

菅野よう子さんについて語る上でのキーワードが出てきましたね。「致し方ないコミュニケーション手段」であり、「通訳みたいな感じ」菅野よう子さんにとっては言葉よりももっと気持ちを表現できる道具が「音楽」だったんですね。「作品」ではなく、「道具」。凡人管理人は趣味でペアダンスをやっているのですが、それと同じ感覚かな?なんて少し思いました。言葉が通じなかったり、思想や理屈が違っても、それを超えて相手と心がつながる強力なツールです。

それに、人とつながることって あったかくてしあわせ。

大学に入学し、まだ初々しい時代に結成した「てつ100%」というバンドも菅野よう子さんだけでなく、どうやらそうそうたるメンバーだったようです。才能というものは点で発生するのではなく、群生するものということばを改めて思い出します。。

1985年 – PCゲーム『三國志』の音楽で職業作曲家デビュー。てつ100%のキーボードを担当し、第30回やまはポピュラーソングコンテストで優秀曲賞を受賞

1986年 – てつ100%のメンバーとしてCBSソニーからメジャーデビュー。1989年まで活動し、菅野は作編曲も担当。

1991年– 音楽制作会社GRAND FUNKの金橋豊彦代表に誘われ、広告音楽の仕事を始める。

1994年 – OVA『マクロスプラス』(アニメ)の音楽を制作。

1995年 – 今井美樹のアルバム『Love Of My Life』およびコンサートの音楽プロデュース

1996年 – 『僕は勉強ができない』(山本泰彦監督作)より実写映画の音楽を手がける。同年、JR東日本(CM)でJAMの主催する広告音楽大競技会金賞受賞

1997年-資生堂リフトコンシャス&フェースラインエフェクター(CM)

1998年 -Crystal Kay(歌手) に提供した「Eternal Memories」(サントリービタミンウォーターCMソング)にて三木鶏郎広告音楽賞(CM音楽賞の最高峰)を受賞。

1985年 (菅野よう子さん 22歳)には最初の仕事であるゲーム「三國志」の音楽を制作していたことになります。最初の商業音楽のお仕事が歴史に残る超大人気ゲーム!!! ヒットの理由のひとつは菅野よう子さんのドラマチックな音楽であったに違いありません。久々に聴いてみたら、フッとその時代にワープして、すごく懐かしかったです(笑)

PC-8801mkIISR 三国志 soundtrack
PC-8801mkIISR 三国志 soundtrack

1998年 菅野よう子さん33歳)いよいよここからは、ゲーム『三國志』、CM曲、アニメ『マクロスプラス』、歌手のプロデュース、楽曲提供、実写映画音楽担当での経験を基盤にジャンルを超えた各分野で評価が高まっていきます。

1998年-『カウボーイビーバップ』放送開始 OPテーマ『Tank!』提供。

1999年 – 『COWBOY BEBOP オリジナルサウンドトラック』が日本ゴールドディスク大賞アニメーション・アルバム・オブ・ザ・イヤーを受賞。

2003年 – 『攻殻機動隊 STAND ALONE COMPLEX』にて東京アニメアワード音楽賞を受賞。2013年までに計5回受賞。

2007年 – AKINO(歌手)に提供した「創聖のアクエリオン」(2005年)がCMソングとしてヒット。

2009年 – 7月7日に親しい音楽家たちを集め、さいたまスーパーアリーナで「超時空七夕ソニック」を開催。最後に「Gabriela Robin(ガブリエラ・ロビン)」として1曲歌う。菅野よう子が自らの音楽を表現するため世界中から選び抜いたミュージシャンたちの集合体である「シートベルツ」を率いたライブ。

菅野よう子さんの「ジャンルの既存概念、常識を超えた楽曲」が各分野に新しい風を吹き込み、特にアニメの世界では菅野よう子さん登場以前と以後とで時代が変わった、という話が多く語り継がれています。

彼女のフィルターを通すことで、一層作品同士が相互に魅力的な色彩を放つような活動となったように思います。アニメの持つ独特な神秘性と菅野よう子さんの世界観がとてもマッチして、見る人の心に、シーンの色彩をより鮮やかに跡として残す。彼女の音楽なしでは成立しない感動をたくさん生み出しました。「音の魔術師」菅野よう子の世界へと引き込まれたファンも多いのではないかと思います。

「超時空七夕ソニック」チケット代は7,777円(税込)とのこと
「超時空七夕ソニック」チケット代は7,777円(税込)とのこと

もうここまでくると当然のように思えますが、多くの賞も次々に受賞され、ますます各分野から「ヒットを生み出す作曲家」として引っ張りだこになります。

2011年ーNHK「第62回紅白歌合戦」のオープニングテーマ曲を担当。

2012年 – NHK東日本大震災プロジェクトテーマソング「花は咲く」を作曲。

2013年 – NHK連続テレビ小説『ごちそうさん』の音楽を担当。

2017年 – NHK大河ドラマ『おんな城主 直虎』の音楽を担当。

その後も飛ぶ鳥を打つ勢いでCM広告音楽、多くの歌手への楽曲提供、映画音楽、アニメ音楽…と活躍の幅を広げていかれた菅野よう子さんですが、

2012年菅野よう子さん 49歳)以降はNHKでの企画モノに多く着手され、これまでの限定的かつマニアックなゾーンの活動よりももっと一般に近い「お茶の間」的ゾーンの方々にもその名が知られるようになります。菅野よう子さんの期待を超える仕事っぷりと、誰からも信頼され、愛されるお人柄がなければ、このような華々しい活躍は実現しなかったと思うので(主観)、菅野よう子さんの生き方が女性としてますます気になりますね!

 

名曲「Tank!(タンク)」「花は咲く」「天虎」(NHK大河直虎)、CM楽曲など人気楽曲の紹介

ここからは菅野よう子さんのたくさんの楽曲の中から特に注目度の高い、ファンなら当然挙げる名曲「Tank!」、国民認知度ナンバー1(推定)の人気楽曲「花は咲く」について書いていきたいと思います。それぞれ、どのような曲なのでしょうか?

ファンが認めるアニメソングの名曲「Tank!」について

「Tank!」は1998年に初めて放送されたテレビアニメシリーズ全26話構成の『カウボーイビバップ』のオープニングテーマ曲です。

 

管理人個人的にはパーカッションの音が本当にツーカイで心地よいんで、テンション上げたい朝(月曜の朝の通勤中とかw)に聞きたいな(笑)という感じですかね。きっとノリノリで仕事に入れます。この曲を菅野よう子さんの名曲として挙げるファンは大変多いようですね。

COWBOY BEBOP Tank! THE! BEST!
収録曲 菅野よう子とシートベルツ

 

2010年菅野よう子さん47歳)に公開された映画『シュアリー・サムデイ』にて初監督を務めた小栗旬さんもその一人で、この曲をはじめ長年、菅野よう子音楽の大ファンだったそうです。小栗さんが『シュアリー・サムデイ』の音楽担当を菅野さんへ直々に依頼されたというエピソードがあります。映画内では多くの豪華アーティストと菅野ようこさんのコラボ楽曲が並びました。

花束を受け取った菅野よう子と小栗監督

小栗監督は菅野の起用について「まさかお仕事を受けてくださるとは思わなかったので、大変興奮しました。もう魔法使いのような人。次から次へといろんな曲があがってきて、音楽を作っているのがすごく楽しそうで、スタジオでいきなり歌ってと言われたのにはびっくりしましたが、 それも菅野さんの不思議な魔力に惹きつけられて、楽しくやれました 完成した曲は想像以上に素晴らしいもので、非常に感謝しています」とコメント。

ここでも菅野さんについて「魔法使い」だとか、「不思議な魔力に惹きつけられて」、なんていうコメントが出てきました。菅野よう子さんは作曲だけでなく、色々な魔法をお持ちのようですね!

映画 シュアリー・サムディ

さて、『カウボーイビバップ』に戻りますと、その他「RUSH」や「BAD DOG NO BISCUITS」、「Cat Blues」、エンディング曲の「THE REAL FOLK BLUES」といった楽曲についても、『カウボーイビバップ』の物語の各シーンのインパクトや味わいを一層広げる曲として作品の価値をめちゃめちゃ底上げしています(管理人興奮)!

 

当然ですが ↓ こうなります。

 

カウボーイビバップ』のサントラが日本ゴールドディスク大賞を受賞

物語を見る人の心に各シーンを鮮明な跡としてより深く刻み残すような独特の技量こそ菅野よう子さんが音の魔術師」と呼ばれる所以だと感じます。

カウボーイビーバップ
カウボーイビバップ

観る者の「感度」をどこまでもアゲる、天才作曲家菅野よう子さんですが、有名な曲をもう一つご紹介します。こちらはこれまでの作品とは少し「何か」が違うようです。そのあたりを詳しく探っていきましょう。

日本のお茶の間を合唱でひとつにした「花は咲く」(NHK復興ソング)について※歌詞付

2012年菅野よう子さん 49歳)に発表されたチャリティーソング「花は咲く」はNHK主導で行われた東日本大震災復興プロジェクト『明日へ』の復興応援歌としてつくられた国民的名曲です。2011年に「第62回紅白歌合戦」のテーマ曲を担当した菅野よう子さんでしたので、この頃からNHK番組での活動が活発になることにより、結果、これまで以上に幅広い層にその名前を認知されていくこととなります。

ハナハサク
NHK「明日へ」東日本大震災復興支援ソング「花は咲く」

この楽曲は、共に宮城県出身である岩井俊二が作詞菅野よう子が作曲を担当。歌唱は大友康平、千昌夫、新沼謙治、かの香織、遊佐未森、畠山美由紀、AKB48の仲谷明香と岩田華怜といった歌手や、タレント、スポーツ選手など、被災地域の出身もしくはゆかりの深い有名人が務める。また、東北の学校の合唱部などによるヴァージョンも制作。なおこの楽曲の作詞家および作曲家の著作権料などは、義援金としてNHK厚生文化事業団を通じて被災地に送られる。

 

花は咲く」は被災地に近い地域の出身である岩井俊二氏、菅野よう子さんが協力して作詞作曲された曲だったのですね。とてもたくさん放送されていた曲だったのを私管理人も記憶しております。

岩井俊二監督(『花は咲く』作詞担当)
岩井俊二監督(『花は咲く』作詞担当)

この曲の著作権料が義援金として被災地に送られるということなので、この歌を国中で歌って長くみんなで愛することが結果として被災地への長い支援につながるという「美しい支援のかたち」です。

が。

どうも私はこの「花が咲く」という曲は菅野よう子さんの個性が殆ど出ていない曲だな、、、と当初から(主観で申し訳ありませんが)感じていました。。。(せっかく美しい話なのにすいません。)NHK主導だったからなのか、共同制作だったからなのか、復興支援だったからなのか、チャリティーだったからなのかは分りませんが言葉にするのであれば、

「彫刻作品」ではなくて「モニュメント」

のような楽曲、という印象でしょうか。

「花は咲く」歌詞
「花は咲く」歌詞

 

やっぱり、菅野よう子さんにはビビットで尖った音の「作品」を期待しちゃうよなあ、と『攻殻機動隊シリーズ』から入った、にわかファンの私としては今日まで長い間思っていました。

ただ、今回菅野よう子さんの記事を書くにあたり、しばらくモニュメント、モニュメント、、と唱えながら(笑)しっくりこない気持ちと向き合っていたところ、彼女の「不思議な魅力の根幹」へ徐々に近づいて行くうち、別の考えが下りてきました。

菅野さん(左)にノセられる阿部友里香選手(右)

ああそうか!

確かに「モニュメント」だけれど、きっと菅野よう子さん自身も「それ」を認識していたし、むしろそれこそが「狙い」だったんじゃないかなと。出来るだけたくさんの人に愛されなければ目的を達成できない「この楽曲の使命」について自分がその任務を請け負ったこと、また自身の曲で、徹底的にそれを実現する事こそ「職業作曲家」だと。

 

「その目的を達成できる楽曲」とは?

=お芸術「作曲家」として尖った個性を発揮する「作品」である必要はなく

逆に極限まで個性を削ぎ落した無難かつ柔らか協調性のある

ともかく たくさんの人から愛される曲

少なくとも嫌われない曲を提供すべきだと。

自分 < 目的達成

そして、きっと普通のアーティストがそれをやろうとしたら、心の中で「つまらないな」って思うのところを、菅野よう子という女性はそれすら思いっきり楽しむ。

でた。魔法(笑)。

魅力的ですよねー。こういうところ、私も自分に取り入れたいなあと、すごく勉強になります。

この楽曲は色々なアスリートや著名人、有名人が歌って参加するプロジェクトでもあったのですが、彼らに音楽指導をしたのは写真の通り菅野よう子さん。写真を見ても、かなりイケイケで楽しんでおられる様子です(笑)楽しそーうwww

菅野さん(左)にノセられる佐藤圭一選手

もうほんっっとに、プロだな、と。

菅野よう子さんは単なる自己満足、自己の世界観を追求する「アーティスト」ではなくて、提示された目的を達成するための「目的達成音楽のプのだなぁと改めて思った瞬間でした。

鈴木京香さん

作品(音楽)はその先にある、目的のための

菅野さんがご自身の仕事について表現するときの「通訳」だとか「職業作曲家」、「プロデュース作業」というのはこういう意味なのかなと。

「花は咲く」の作曲について菅野さん自身はインタビューでこうお話しています。

― 「花は咲く」の作曲は菅野さんですが、当時、どのような気持ちで作られたのかお聞きしてもよいですか?

最初は私自身がどう感じていいのか、どう考えていいのかわからないっていうくらい混乱した気持ちだったので、とにかく「私は今も元気でやっています」というのを、この世にいなくなった人たちに伝えるというような気持ちで作っていました。

天才作曲家の菅野よう子さんでも当初は、色々といつもとは勝手が違う制作工程に悩まれていたようですね。「花は咲く」という曲が、これまでの曲とは全く違った角度からのアプローチで出来上がった曲であったことがこのインタビューからもうかがえます。

パラリンピック 村岡桃佳選手

パラリンピック・アルペンスキーの村岡選手本堂選手の会話が印象に残っています。おふたりは友人同士なのですが、本堂選手の歌の撮影を、村岡選手がご覧になっていたんです。シリアスに歌う本堂選手のファーストカットを見て、村岡選手がこう言ったんです。

「笑ったらいいのに」って。

そしたら本堂選手も「そうだね」と笑顔で歌い始めて…。でも「笑ってもいいのかなぁ?」とも話していて。

もう是非!是非笑ってください!と。

(唄ってくださる方たちみんな)自分が今感じている気持ちをそのまま出してもらえることが、私が願っていることです。

菅野よう子さんの「私は今も元気でやっています」というのを、この世にいなくなった人たちに伝えるというような気持ちで、という意味がよくわかるエピソードですね。大好きな人たちにはいつもその人らしく笑っていてほしい、それはきっとたとえ亡くなられた方でも天国から思っていることなのかなと思います。

パラリンピック 本堂杏実選手

さらに、菅野さんはインタビューに対してこう続けています。

大災害とかつらいことがあると、おもんぱかって笑っちゃいけないのかなっていう風に感じたり、大きい声で歌ったら失礼じゃないかなって感じる方が多いと思うんですけど、そういうのを忘れる時があってもいいなというのが、私が作った時の気持ちです。

なので
深刻にならずに、
真剣に。

それが復興につながっていくといいなと思います。

 

『花は咲く』録音作業時の菅野さん

あれだけたくさんのCMを作っているのですから、よく考えるとごく自然で当たり前のことなのかもしれませんが、やはり菅野よう子さんは「職業作曲家」であり目的達成音楽のプロ」なのだ!ということが「花は咲く」という曲を通して、さらに強く印象に残りました。「みんなで目的地にたどり着きたい!笑い合って。」私もここからは「花は咲く」長く歌おうと誓いました(笑)。

作詞の岩井は「この歌は震災で亡くなった方の目線で作りました」と、また作曲・編曲の菅野は「100年経って、なんのために、あるいはどんなきっかけで出来た曲か忘れられて、詠み人知らずで残る曲になるといいなあと願っています」と語っている。

「詠み人知らず」!!!

これが菅野よう子さんの生き方を象徴しているものかなと。

そうして、日本中の心をひとつにした「花は咲く」という楽曲は、2014年の第8回大正琴音楽大賞を受賞しています。

NHK大河ドラマ『おんな城主 直虎』のOP曲「天虎(あまとら)」

2017年菅野よう子さん 54歳)放送のNHK大河ドラマ「おんな城主 直虎」(森下佳子・作)のOPテーマ天虎(あまとら)」は主演の柴咲コウさんほか豪華キャストが出演すること以外にも、ドラマのテーマソングを菅野よう子さんが担当することでも大変話題になりました。

「おんな城主 直虎」

この頃には既に前述の「花は咲く」や、NHK朝の連続テレビ小説『ごちそうさん』の音楽担当などで一般家庭にもだいぶ菅野よう子さんの名が轟き、(そのずっと前から楽曲はCMなどで流れていたのですが)我が家の高齢の両親にまでその名が浸透していた時には!(笑)

ホントに実体としても、老若男女問わず愛される、国を代表する人気作曲家になったんだなあ、と実感しました。それまではきっと少なくとも私の両親の世代からすれば、菅野よう子さんのようなヒットの仕掛人でさえ、一般とは接点が見えてこない裏方の人だったはずでした。

この曲のフル・ヴァージョンは約14分にもわたる大作であり、大河ドラマの楽曲はそこからの抜粋編集のものだということです。

演奏陣には世界的アーティストが集結、テーマ音楽:ラン・ラン(ピアノ)、パーヴォ・ヤルヴィ(指揮) NHK交響楽団/大河ドラマ紀行に:五嶋みどり(ヴァイオリン)を迎え、音楽面でもかつてないほどの超一流の布陣が実現した。

特にピアノの演奏した世界的演奏家のラン・ラン(郎朗)氏は菅野よう子さんをこのように表現しています。

「作曲家・菅野よう子さんの作品にとても感銘を受けました。テーマ曲はシャンパンのような気分の音楽で、フランス音楽の印象派の影響も感じられるこの美しい作品」

世界的演奏者 ラン・ラン氏
世界的演奏者 ラン・ラン氏

世界的音楽家のラン・ラン氏から「シャンパンのような気分」と言われるとは!とても快活な素晴らしい表現だなあと思いました。グラスの中で絶え間なくはじけ出す炭酸の泡が、次から次に水面まで上がってくる光景は、まさに菅野よう子さんに送り出される感度の数々、名曲の数々のようでもあります。

そのことを紹介する文章には別にライターさんのこんな表現もありました。

菅野よう子の独自の多彩な音パレットから縦横無尽に繰り広げられる、疾走感に満ちたオーケスラ・サウンドとピアノの競演は、大河ドラマを美しく優雅に彩る。

菅野よう子さんの楽曲が持つ色彩の数々、スピード感、空気、湿度、自由な放物線。キラキラした一瞬の欠片を多くの人が曲を通して受信していることが分かります。本当に。スゴイことですね。

菅野よう子さんがシャンパンみたいな人ですね
菅野よう子さんがシャンパンみたいな人ですね

その刹那的な一瞬の閃光が、私たちの心に突き刺し、

まぶしい残像として跡に残ります。

これも菅野よう子さんの魔法だと私は思っています。人と人とを結び付けたり、気分を楽しくさせたり、曲を作れば物凄いパワーのある感度を人に与える。それもひとりの仕事とは到底考えられないような量を生み出す。でも、「目的達成」を自分の「個性」や「作品」以上に大事にしている。皆で一緒につくって一緒に目的地について喜び合いたいから。

今回は色々な菅野よう子さんの魔法の一部が見えた回でした。

 

次回第2弾は業界、ジャンル、分野などにとらわれずに自由に境界を越えて活躍されてきた菅野よう子さんの「華麗なる跨ぎっぷり」の経緯に迫っていきたいと思います。

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