デヴィ夫人若い頃きれいだが入れ歯だった!?理由がやばい!ハーフ顏写真のなぜ?画像あり

●戦略的/あざとい 属

戦後の貧しい日本の暮らしの中で自身の「美貌」だけを武器にインドネシアの大統領夫人にまで上り詰めた日本人、根本七保子さん、通称デヴィ夫人。日本が最も貧しかった時代に、いかに自分の価値を上げ、自分の人生を取り戻すか、輝かしいものにするかに自身の全てをかけて戦ってきた女性です。

現代の豊かで平和な日本に住む女性がどう捉えるのかは分かりませんが、国が貧しいということは女性には選択肢が限りなく制限され、通常、搾取されることなのだと思います。その時代において生き残りと自身の人生の確保に全力を尽くしたデヴィ夫人の生き方を今後の参考にのぞいてみました。孫の「キランくん」も登場します♡

 

 

◆デヴィ夫人(デヴィスカルノ)の若い頃がめちゃキレイ!画像写真集!

 

デヴィ夫人の若い頃は「東洋の真珠」と形容されるほどの美しさだったといいます。写真だけ見ると、テレビで熱いコメントをしそうな女性には見えませんね(笑)

 

◆デヴィ夫人(デヴィスカルノ)の若い頃からのざっと経歴

 

1940年2月6日生まれということで、デヴィ夫人2019年で79歳になります。大東亜戦争中は福島県に疎開していたという話です。

 

 

 

 

1955年、デヴィ夫人が15歳の時に中学を卒業した後、一旦は生命保険会社に勤めながら定時制高校へ通いますが、翌年父が死亡し、会社も高校もやめ、アルバイトを始めます。

 

デヴィ夫人17歳の時に実家を出て、赤坂の高級クラブ・コパカバーナで働き始めます。

 

デヴィ夫人18歳の時には贔屓の客に「会わせたい人がいる」と言われ、コパカバーナを辞めます。

 

 

 

 

デヴィ夫人19歳の時にインドネシアにスカルノ元大統領の愛人としてインドネシアに渡ります

デヴィ夫人22歳の時に正式にスカルノ元大統領の第三夫人として結婚をします。直後に母と弟が死亡します。

デヴィ夫人25歳の時にはスカルノ元大統領は軍事クーデターにより失脚します。デヴィ夫人は日本への亡命を断られ、フランスへ亡命します。

 

 

 

 

デヴィ夫人27歳の時に人道的配慮から日本への帰国を許可され、長女カリナを出産します。産後にインドネシアへの帰国をしようとしますが、そこでも許可されず、フランスへ行き、社交界デビューを果たします。

 

デヴィ夫人30歳の時にスカルノ元大統領も死去します。相続権、地位もはく奪されましたが、後年に第三夫人としての遺産分与を受けます。

 

 

 

 

デヴィ夫人30代の頃は芸能活動を開始し、男性誌に写真を掲載したりという活動をします。

 

デヴィ夫人40歳で13歳のカリナを残し、インドネシアに帰国します。カリナにとってはショックな出来事だったようです。

 

 

 

 

デヴィ夫人50歳で肌の露出の激しい写真集を出版し、インドネシア国内で大問題となります。デヴィ夫人に対するインドネシア国民からのバッシングが続きこれ以降、デヴィ夫人はインドネシアには行けなくなったと言われています。

 

デヴィ夫人51歳の時に娘カリナにニューヨークでの同居を拒絶され、母親としても拒絶されてしまいます。

 

 

 

デヴィ夫人52歳の時にフィリピン大統領の孫娘の顔をシャンパングラスで殴打したことで傷害事件で訴追され、禁固60日・罰金700ドルの実刑判決により、34日間収監されます。

 

デヴィ夫人の65歳の時のカリナの結婚式においては母親としてではなく一般ゲストとして出席を許可されたということです。(続きは後述)

 

 

◆デヴィ夫人(デヴィスカルノ)が若い頃ハーフ顔美人なのはなぜ?ホントはクォーター?

 

デヴィ夫人「外国人だと思われていた有名人」の堂々の大3位にランクインするほど、純正の日本人ではないと思っている方が多いようです。

 

 

しかし、結論から言うと、旧名の本名は、根本七保子(ねもとなおこ)さんといい、純粋な日本人の両親の元に生まれ、東京で育った純粋な日本人だと言われています。

現在のお名前はラトナ・サリ・デヴィ・スカルノさんといって、日本国籍は抜けてインドネシア国籍となっています。

 

「彫りが深いからハーフだと勘違いしていた」、「デヴィって名前だし、英語も話せるしハーフだと思っていた」との声が聞かれました。

 

ハーフでもクオーターでもなかったデヴィ夫人です。

 

◆デヴィ夫人(デヴィスカルノ)の先祖!両親の写真・兄弟・親戚は?

 

父親は腕のいい大工である根本兵七郎さん、母親は足が不自由だが美人とその土地では評判の政子さんという方だったそうです。政子さんは根本兵七郎さんが前妻を亡くした後に嫁いだ後妻でした。

兄弟に関しては公式には弟が1人いると伝えられています。実際は前妻との間の義理の兄と義理の姉もいたと言われています。

 

 

 

 

もともとデヴィ夫人のお母さんもきれいな方ですね。その血を引き継いでデヴィ夫人も綺麗な女学生だったようです。

 

 

◆デヴィ夫人(デヴィスカルノ)はかなり若い頃に?の謎(比較写真)

 

しかし、一部の情報ではデヴィ夫人かなり若い時期に西洋風の顔に手術を受けていたのではないかとありますが真相は分かりません。

 

 

 

 

古い時代のことなので真相は明らかになっていませんが、調べてみたところ、この時代にもすでに整形手術というものは一応日本にあったようです。

 

目元が以前より西洋風のぱっちり二重になっているように見えますね。

 

 

 

戦後でしたので、日本人を相手にするよりも外国人を相手にする仕事を持ちたいと考えており、英語の習得を頑張ったり、外国人受けの良い服装、化粧等、美貌の研究をしていたのかもしれません。

 

 

 

 

裕福な外国人からも美人と評判だったのは確かなようです。

 

 

いずれにしても、この写真のデヴィ夫人までには、だいぶ成長も伴い、表情が変化しています。

 

 

 

人生を変えるには、

「美しい顔」を手に入れることが大事。

ということで、化粧にもよりエレガントに映るよう、工夫をされているように思います。

美の追求は若い頃だったようです。語学に関しても、英語もフランス語も堪能だという話です。

 

 

若い時代の女性の美しさは宝石のように価値が高いと早い時期からデヴィ夫人考えていたのだと思います。

戦後の貧しさからの脱却において、自分の美貌を高めることは自分の人生を変えられる限られた可能性のひとつであり、デヴィ夫人にとっては富裕層と出会い、対等に話をすることを可能にさせる大きな武器だったのかもしれません。

 

 

管理人kira2
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まさに女の経済戦争という感じがします。努力家ですね。

 

1955年(昭和30年)、15歳の時、新東宝制作の映画『青ヶ島の子供たち 女教師の記録』(白黒映画)にエキストラ出演

 

 

デヴィ夫人15歳の時にはエキストラ女優として出演した作品もあったようですので、一時は女優を目指したこともあったようです。しかし、そこでは芽が出なかったようでした。

 

 

◆デヴィ夫人(デヴィスカルノ)は若い頃から歯が入れ歯だった!?その理由と証拠!え、デマ??

 

 

若い頃のデヴィ夫人は顏のほかにも16歳の若さで総入れ歯にしたという情報もあります。

 

16歳で総入れ歯!?

 

 

 

一瞬そんなのはデマだろうと思ったのですが、このような情報がありました。

 

デヴィ夫人に「なぜ総入れ歯にしたのか?」と質問したところ「見栄えがいいから」と答えたそうです。

 

 

このようにデヴィ夫人ご本人が回答している情報があることから、総入れ歯に関しても事実のようです。確かに欧米では現代においても歯並びが美人の要素として大事だという価値観にあるようですが、それにしても16歳の少女が見た目の為だけに総入れ歯にするのかな…というところですが。

 

同時期である、16歳の時デヴィ夫人は一家の大黒柱であった父親を亡くしています。

 

 

 

 

おそらく、ここにも、何かしらの力によって、

総入れ歯にする必要に迫られた経緯があったのかもしれません。

 

そう考えると、デヴィ夫人は国の敗戦によって本当にいろいろな屈辱と苦しみを経験し、人生を自力で切り開いていった人なのだと思います。自身の「美貌」を武器に。

 

絶対に人生を変える!!

この豊かな日本で選択肢に溢れた生活に身を置いていると忘れそうになってしまいますが、貧しいということは、女・子供はまず最初に搾取される運命なのだという現実を改めて痛感させられます。

 

 

 

 

貧しかったデヴィ夫人の学生時代は港区立高陸中学校を卒業後、普通科の高校に進むことができず、昼間は就職先であった千代田生命で仕事をし、夕方から週3日、都立三田高校の定時制へ通い、高校がない日は勿論働いていたそうです。

 

 

デヴィ夫人の家の近くに国際クラブという洋館がありチキータさんという女性と仲良くなり、チキータさんの紹介でナイトクラブでアルバイトを始めました。 

 

 

デヴィ夫人が総入れ歯にした理由はこのナイトクラブで働き始めたことがきっかけだと言われています。ジェームズ(ジミー)・ベッカー氏というアメリカ人の裕福な宝石商が当時赤坂にあったコパカバーナというナイトクラブデヴィ夫人を連れて行ったといいます。

 

 

 

17歳で男性と同居

 

デヴィ夫人は、当時この裕福な宝石商のジェームズ(ジミー)・ベッカー氏が「着せ替え人形のように私を着飾り、どこへでも連れて行ってくれた」と話していいます。

 

 

 

 

ご家族がホノルルに住んでいたジェームズ(ジミー)・ベッカー氏は東京では表参道にある高級マンションに住んでおり、デヴィ夫人も苦しくて貧しい実家を出て、ここで暮らすことになりました。

 

 

管理人kira2
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まともに働ける人がいなくなった実家はどうなったのか気になるところですね…。

 

 

デヴィ夫人が赤坂にあったコパカバーナへ働くにはたくさんの洋服や靴も必要だったでしょうし、それを貧しい実家に置くのは忍びなかったのかもしれません。

 

 

◆デヴィ夫人(デヴィスカルノ)は若い頃、コールガールだったってホント?写真あり

 

デヴィ夫人が何度かコパカバーナへ足を運ぶうちにオーナーであった長尾久子さんから、店で働かないか誘われ、働くことになったとご本人もたびたびテレビで話されています。

 

 

 

このお店は水割りを1杯飲んだだけで大卒の初任給が飛ぶほどの高級クラブだったということです。

その為、コパカバーナはそもそも富裕層しか利用することができない店であり、海外の要人への接待や政界人や財界人が使う店だったのだそうです。

また、このコパカバーナで働くホステスもケタ外れの収入を貰っていたということです。

 

 

 

 

どういうことか??

 

コパカバーナで働くには、お客様と夜のお付き合いが出来るのが条件だったと言われています。高級クラブに来るVIPはほとんどが海外の政治家。そんな政治家達の接待をする際に気を使って総入れ歯にしたのです。

 

真相は分かりませんがこのような情報がありました。コパカバーナで働きたくても「美貌」が足らず、働けない女性も多かったでしょうし、そうした嫉妬心から出ている噂とも考えられます。

 

デヴィ夫人が要人を「もてなす」ために総入れ歯にしたと言われていることから、コールガールだったのではないかという言われているようです。

 

 

 

 

 

管理人kira2
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デヴィ夫人の美貌に対するプロ意識と、人生を変える!という闘志がハンパないですね。

 

 

◆デヴィ夫人(デヴィスカルノ)は若い頃から資産を自力で築いていた!

 

 

デヴィ夫人元スカルノ大統領に会うきっかけをつくったのはコパカバーナで出会ったインドネシアと深くかかわる事業をしていた東日貿易の社長の久保正雄氏だったといいます。

 

 

そして、デヴィ夫人が18歳の時にはこんな話を持ち掛けられます。

 

 そしてある日のこと、彼が突然「コパは辞めなさい。お金が必要なら僕がサポートする。七保子ちゃんに紹介したい人がいる」と言う。

 

 

その翌年、デヴィ夫人がコパをやめた後、19歳の時に久保氏との約束で待ち合わせ場所に行くと、そこに来たのがスカルノ元大統領だったそうです。

 

 

 

 

もともと、インドネシアの事業で知り合った東日貿易社長の久保正雄氏に対して、スカルノ元大統領が、誰か愛人として女性を紹介して欲しいと頼んだという経緯があり、根本七保子(デヴィ夫人)スカルノ元大統領に紹介したと言われています。

 

 

スカルノは根本七保子を気に入り、愛人としてインドネシアへ呼ぼうとし、久保正雄根本七保子現金500万円等々力の土地百坪を渡し、説得し行かせた。

 

その後、東日貿易は、インドネシアの戦後賠償ビジネスに食い込み巨額のコミッションを得た。 当時、日本は830億円もの国家賠償をインドネシアに支払い、インドネシアはそれで日本から船舶を購入する予定だった為、そうした利権に群がった連中が、この手、あの手と考えていたみたいです。

 

 

デヴィ夫人がここで、スカルノ元大統領と日本側に対し、愛人としてインドネシアに行く為のある条件を出したのだそうです。

 

 

◆デヴィ夫人(デヴィスカルノ)が若い頃に出した謎の条件とは?

 

デヴィ夫人が提示した条件が凄かった!!

 

 

戦略的!!

 

1. 大統領側には、愛人で終わるのでは無く、先々で正式な大統領夫人にすること。

 

2. 日本側には自らが日本からの賠償金事業の窓口となること。

賠償金ビジネスの窓口での収入は莫大なもので、日本政府や利権事業商社や大手企業とインドネシア政府の連絡担当のような役割を果たし、デヴィ夫人がその時に築いた資産は、数十億を下らないとも言われています。

スカルノ政権末期には、デヴィ夫人を通さずには、日本企業は何のビジネスも進まないという状況だったようです。

 

ヴィ夫人が間に入らないとビジネスができないなんて、まるでホルムズ海峡みたいですねw

しかし、日本経済にとっても大きな仕事されたヴィ夫人だったようです。教養があってこその提示という感じがしますね。

 

 

◆デヴィ夫人(デヴィスカルノ)の若い頃に母親と弟まで死亡していた。

 

余談ですが、ヴィ夫人スカルノ元大統領の第三夫人として結婚した後、デヴィ夫人の実家の母親と弟が亡くなっています。

 

 

 

結婚後 間もなく、実家の母親と弟がほほ同時に死去。

 

世間では根本家の娘が日本を捨てたと誹謗中傷が続き、母親は心労の為に亡くなります。その二日後に実の弟もガスで自ら命を絶ちます。

 

 

ヴィ夫人の弟の自殺の原因は一般的には悪い人間に騙されて全財産を騙し取られ、借金ができたので自殺したと言われています。

 

 
デヴィ夫人は打ちひしがれ、スカルノ大統領から貰ったジャカルタの宮殿に弟の名前をつけた。
 

 

 

管理人kira2
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デヴィ夫人もこの知らせにはさすがに落ち込んでいたようです。

 

スカルノ元大統領が第4夫人を迎える

 

 
しかしある日スカルノ大統領ハルヤティという女性を第4夫人にしていたことが発覚。母の死と弟の自殺、愛していた大統領からの裏切り、マスコミからのバッシングに疲れ、(デヴィ夫人は)睡眠薬をのんで自殺を図った。

 

この件で傷ついたデヴィ夫人は出産後、人が変わったように男性と交流するようになったと言われています。

 

 

 

管理人kira2
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人生を託した人が相手だったので、若い頃のデヴィ夫人は悲しかったでしょうね。この感情を考えると、デヴィ夫人にとって、大統領はとても大切な人だったんだなと感じます。

 

 

◆デヴィ夫人(デヴィスカルノ)は若い頃に娘・カリナを日本で産んだ、婚約も?

 

少し話は戻って、結婚から3年後の1965年に軍事クーデターが起き、スカルノ元大統領は失脚、1967年3月11日、デヴィ夫人は27歳の時に、日本国内の病院でスカルノ元大統領の代8番目の子供を出産します。また、1970年にはスカルノ元大統領は死去します。

 

 

 

 

しかし、前述のようにデヴィ夫人は産後、前述のように遊び始めてしましますので、育児はどうしていたのか?という印象です。どなたか信頼できる方がいたのかもしれませんね。

 

 

管理人kira2
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お子さんが女の子だったからかもしれませんね。

 

日本国内でも、まだスカルノ元大統領が生きている間にデヴィ夫人は俳優の本郷功次郎、俳優の津川雅彦と不倫関係になり、勝新太郎や松方弘樹と京都で遊んだり、田宮二郎さんとデートととにかく気に入った男性と交流していたようです。モテモテだったんですね。

 

その後はフランスへと渡り、社交界デビューを果たすと、スペイン人のフランシスコ・パエサと交際をし、フランス貴族のエルゼアル・ド・サブラン=ポントヴェス(サブラン公爵)とはデヴィ夫人は婚約までしました。(実際は結婚せず)

アラン・ドロンやサルヴァドール・ダリなどの著名人との交流も果たしました。

 

女性としてはそうして認められたものの…

 

 

デヴィ夫人が長女のカリナさんに母親として認められたのはカリナさんが結婚し、出産した後だったということです。

 

 

デヴィ夫人が一般的な生活をしていればそんなにかからなかったのかもしれませんが、上流階級でも通用するようにするというのが、デヴィ夫人の教育方針だったんです。そのためにはお金が必要だというわけで、

一人娘カリナさんが11歳のときに、デヴィ夫人のみインドネシアに戻ってきます。

スカルノ元大統領の遺産をわけてもらおうと思ってのことだったんですが、政府だってそんな簡単に渡しません!デヴィ夫人はインドネシアで財産をもらえるまで移り住むことを決めるんですが、

やはり情勢は不安定なままですし、そこで娘を育てるのは不安だということで、パリに残してきたそうなんです。一人娘カリナさんが11歳のときでした。

 

 

カリナさんはこの時に母親のデヴィ夫人に自分は見捨てられたのだと思って大変悲しい思いをしたそうです。

 

 

 

そして、そこから子供が生まれるまでの期間ずっと母親を拒絶し、

 

『母と自分とは別人格』

 

と言って、母親の生き方に強い批判をし、一時は失踪するほどの反抗だったそうです。

 

◆デヴィ夫人(デヴィスカルノ)の最後の男・孫のキラン君がイケメン過ぎる!!ブログデレ公開♡

 

現在は円満なようです。

カリナさんも現在ではカッコイイデヴィ夫人の孫「キランくん」を出産し、デヴィ夫人もキラン君を溺愛♡という関係で、仲睦まじく交流されているようです。

 

 

確かにかなりイケメンになりそう!なキランくんです。イケメンが好物のデヴィ夫人も溺愛♡ブログでもその溺愛っぷりを披露しています。

 

確かにかっこいい。。。(笑)

 

 

男に始まり、男に終わる、デヴィ夫人の人生なのでした。

 

管理人kira2
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最後に裏切らないイケメンに出会えてよかったですね。

 

デヴィ夫人の芸能界の娘・平野ノラちゃんもよろしく。

 

 

平野ノラ美人!結婚相手がバブリー(筋肉夫)は?旦那さんの写真画像、蟹江敬三似?
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