泉ピン子「家族の愛し方」医師旦那の武本憲重・婚外子供・父・継母画像

大御所女優そしてご意見番として現在でも大活躍されている泉ピン子さんですが、実はとても複雑な家庭環境で育ち、結婚後にも複雑な人間関係が一つのテーマとなります。人生の転機となったという結婚と泉ピン子さんの結婚観、家族への愛情について、今回は調べました。

スポンサーリンク
  1. ◆泉ピン子は女優として生きるため、20代にして既に結婚も出産もするつもりはなかったようだ。家族である父親・母親、継母「徹子の部屋」でのエピソード写真画像
    1. ◆泉ピン子が父親から本名として貰った名前「小夜」に託された家からの責任が結婚という将来を抱かせなかった?家族への想い 写真画像
    2. ◆女優・泉ピン子の実母は髪結い、最初の芸名「三門マリ子」は父親の再婚相手である浪曲師の継母「三門お染」の姓を次いで名乗っている。人生最初の家族とは?の課題写真画像
    3. ◆1988年 女優・泉ピン子(41歳)が独身時代、家族同然の仲の『徹子の部屋』出演で語った結婚観 写真画像
  2. ◆しかし女優・泉ピン子は1989年(年齢:42歳)で熟年結婚!黒柳徹子もビックリ!結婚相手となった旦那・武本憲重はどんな人?内科の医師?夫妻の馴れ初めは?画像
    1. ◆女優・泉ピン子は『徹子の部屋』出演の翌年に結婚していた!その時の年齢は?旦那・武本憲重は年下医師!?病院はどこ?どんな人?写真画像
    2. ◆女優・泉ピン子と結婚相手の旦那・武本憲重夫妻の出会いの馴れ初めはドラマ『女子刑務所東三号棟』やテレビ番組での縁?映画『座頭市』出番なしがきっかけだった!写真画像
    3. ◆女優・泉ピン子と結婚相手の旦那・武本憲重夫妻の交際発展までの馴れ初めは運命的な健康診断での初対面に決まっていた!写真画像
  3. ◆女優・泉ピン子と結婚相手で旦那・武本憲重夫妻の結婚は親に反対されていた!?それを実現させたのは芸能界での盟友で夫妻役も演じたことがある西田敏行だった!写真画像
    1. ◆女優・泉ピン子と俳優・西田敏行は夫婦だった?『渡る世間は鬼ばかり』での旦那役は俳優・角野卓造!母親役は山岡久乃!写真画像
  4. ◆1995年 泉ピン子を8キロ痩せさせ、円形脱毛症にもした最大の事件報道での号泣会見!結婚後、旦那・武本憲重と看護師愛人の不倫が発覚し婚外子の隠し子が存在していた!?認知へ 写真画像
    1. ◆女優・泉ピン子が結婚した旦那・武本憲重が浮気して夫妻が揺れた!愛人看護師女性と不倫愛の末、子供ができた!有名人な婚外子(娘)が!息子も?バイオリニストで活躍?写真画像
    2. ◆女優・泉ピン子の旦那・武本憲重と看護師女性との間の婚外子(娘)泉沙織が同苗字を名乗り、有名なバイオリニストとして活躍中!のなぜ?と継母との関係との共通点 写真画像
  5. ◆2019年4月 女優・泉ピン子が結婚情報サービス「ゼクシイ」新CM発表会に登場!ゼクシーガール白石聖へ託した結婚観・愛情の金言が鮮やかでスゴイ!写真画像
  6. ◆女優・泉ピン子と旦那・武本憲重が2019年7月結婚30周年!移転先自宅で終活開始。演技賞の処分に保険解約。お墓について 写真画像

◆泉ピン子は女優として生きるため、20代にして既に結婚も出産もするつもりはなかったようだ。家族である父親・母親、継母「徹子の部屋」でのエピソード写真画像

 

今回のテーマである泉ピン子さんと「結婚」ということを調べていくと、いくつか興味深いエピソードが出てきます。

 

スポンサーリンク

 

◆泉ピン子が父親から本名として貰った名前「小夜」に託された家からの責任が結婚という将来を抱かせなかった?家族への想い 写真画像

 

まずは結婚前の本名である江口小夜(えぐち さよ)」さんというお名前ですが、浪曲師であった父親・広沢竜造氏(江口鉱三郎)に泉ピン子さんは後にこのような問答を交わしていたことを著書『四年目のラブレター』で語っています。

 

画像:https://www.amazon.co.jp/四年目のラブレター-泉-ピン子/dp/4796200878

 

は後になって自分の名前について「画数が結婚出来なさそうな後家の相が出てる」と父に話したところ、父に「そのために名付けたんだ」と言われたという。

引用元:Wikipedia

 

「後家相」というと、一般的には旦那が先立たれて妻がひとり残ることを意味する言葉になるようですが、近ごろの世相から言うと「晩年旦那がいなくても、楽しめますよ」というニュアンスとも取れるという解釈もあるようです(笑)

 

しかし、実の父親が娘に言うニュアンスとしてはどうだったのか?と考えると、家と本人が後に残る、つまりは自分たちの後を継いで家を守る人間というニュアンスだったのかもしれません。

 

そうして、家を託されて育った認識が本人にも強かったということが泉ピン子さんにはもともとあったということが分かります。長男のように育った長子の女の子というイメージかもしれません。

 

画像:exciteニュース

 

嫁に行く運命を抱えた長子の娘は、生家の墓守になれないという悲しみと葛藤する

 

 

一人娘である自分が嫁として他の家にお嫁に行く「結婚」ということについては、女性の一人っ子であれば誰しも考える事なのかもしれませんが、結局のところ「結婚」を境に、育ててくれた生家の両親のいる「家」よりも嫁入り先の「家」を守る人間として生きていかなければならないというような風習が根強いように思います。

 

「結婚」が生家を後回しに考える生き方の選択になると考えた時に、御兄弟が他に居ない泉ピン子さんが「結婚」を積極的に考えてこなかったことは影響しているかもしれません(これはあくまで私の主観です。)

 

kira2
kira2

これからの時代は一人っ子の女の子は今まで以上に多くなるはずなので、こうした風習はなくなるのかもしれませんね。

 

泉ピン子さんの若い頃のお話はこちら↓

泉ピン子の若い頃は壇蜜似の美人!下積み時代師匠・牧伸二自死の胸中!
今回は2019年NHKドラマ『おしん』の再放送と共に話題となっている泉ピン子さんの若い頃の美人っぷりと、女優として花が咲くまでの経緯、ギター漫談家として師匠・牧伸二の付き人をしていた頃の辛い下積み時代、師匠との決別について調べました。

 

◆女優・泉ピン子の実母は髪結い、最初の芸名「三門マリ子」は父親の再婚相手である浪曲師の継母「三門お染」の姓を次いで名乗っている。人生最初の家族とは?の課題写真画像

 

泉ピン子さんは実の母親を2歳の時に亡くしています。泉ピン子さんの実母は髪結いで、芳町(葭町)で芸者さんの髪結いをやっていた家だったそうです。泉ピン子さんの家も五反田の三業地という「花街」にあったというお話があり、そして小さい頃の泉ピン子さんの夢も髪結いでした。

 

おしんも髪結いをしていました↓

朝ドラ『おしん』キャストが役者揃い!川の名シーンの女優魂!画像
今回は歴史的名作となった『おしん』に出演された名役者さんのご紹介を中心に情報を集めました。今では世界中で愛されている『おしん』になぜそこまでの求心力があるのか?そこには役者陣の役者魂と制作スタッフのプロ根性がありました!

 

 

しかし、とても小さい時であったため、そのことは具体的な記憶として本人には残っていなかったのか、後に父親の広沢竜造氏が再婚し継母となった三門お染(江口素女子)さんを小学校4年生の時まで実母だと思って成長したようです。

 

 

画像:twitter

 

しかし、何も知らずにスクスク育っていた泉ピン子さんの小学校時代、近所のおばさんに母親(三門お染)が実は継母だったと知らされて、以来「おかあちゃん」と呼べなくなったという経験をされています。

 

 

『美容師になりたいの、まあー。さよちゃんの本当のお母さん、美容師だからね。 髪結いさんだから』って言われて・・。

『へっ?今居るじゃない、お母さん』。

『違うの、実は』って。

引用元:『オーラの泉』SP7

 

この件で継母とは長く相容れない関係に。

 

この事実を泉ピン子さんが知ったのが小学校4年生の時という話なので、女の子で言うとそろそろ思春期が始まる多感で繊細な時期だったことを思うと、この「近所のおばさん」の無神経さに憤りも持つわけですが、その件があったことで泉ピン子さんはその継母の事は大嫌いだったとテレビ番組『オーラの泉』で語っています。

 

画像:https://blogs.yahoo.co.jp/morimori_12342001/9838622.html

 

また、後に継母が実母がいる頃から父・広沢竜造氏の愛人だったということも知ります。大好きな愛する父親はダメな男だったと語っています。

 

実母・父親・継母という家族三者のパワーバランスの間で育った泉ピン子

 

 

大っ嫌いだったんです。そのお母さん。大嫌いでした。だから、この人と離れる為に、家を出たい、早く。当時は凄く、ショックでしたね・・。だから自立して家を出る事しか考えてなかった。何しろ、その家に居るのが嫌だから。

引用元:『オーラの泉』SP7

 

 

しかし、それでも変わらずに三門お染さんが泉ピン子さんを実の娘に対するように責任を全うし、育ててくれたという事実があったことで、泉ピン子さんの最初の芸名は父の「広沢」姓でも「江口」姓でもなく、「三門マリ子」となったのかも(?)しれませんし、まだ子の芸名は10代での事なのでこの時は別の要因なのかもしれません。

 

実際は父親と実母、継母そして自分という人間同士の複雑な力関係を感じながら成長し、継母がガンになるまでは良い関係は築けなかったと振り返る泉ピン子さんでした。それでも継母・三門お染さんの事は亡くなるまで(2000年)生活状態も含めてすべて泉ピン子さんが見ていたそうです。

 

 

画像:https://spice.eplus.jp/articles/229988

 

そこには継母に対し、泉ピン子さんが申し訳ないと思っていることがあったことが理由のひとつでもあるようです。泉ピン子さんの継母・三門お染さんは再婚後、父親との間の子供を授かったようでしたが、泉ピン子さんのことを想い、産まない選択をしていたようです。

 

 

継母は泉ピン子の存在を優先し、子を産まなかった。

 

生んだら、やっぱり自分の子が可愛くなるって・・。で、それは母から聞いた時『バカね』って『生んどけばよかったのにね』って。まあ、最後は言いましたけどね。

父を見送った後には、『そしたら、私みたいな娘に頼らずにその子に頼れたじゃない?』って話しましたけど。

今の時代は、そういう事、出来ないんじゃないですかね。その、やっぱり生むと思いますよ。それは・・母に申し訳無かったな、って。もうちょっと良い関係になれれば、よかったけど。良い関係になれたのはガンからですからね」

引用元:『オーラの泉』SP7

 

 

泉ピン子は父親と実母と継母のいる「家」を最後に託された人となった

 

 

実母の生前に父親と三門お染さんは不倫関係になり、実母は他界、再婚し妻の座に就いた後も三門お染さんは継母として泉ピン子さんを育ててきたました。

 

画像:NHK

 

しかし、継母という事実が発覚した後は泉ピン子さんはそこに過敏になるようになり、父親がどこか継母に気を使いながら自分に接している事を感じながら育ち、継母とどこか合わないのも自分が実の子ではないからだという思いがあったのかもしれません。

 

実の子供でないという葛藤

 

『オーラの泉』に出演された時にその意味が解き明かされます。そこで泉ピン子さんが育っていくうちに実母に顔も性格も瓜二つのような女性へと成長していったことが語られました。

 

実母そっくりの泉ピン子

 

父親を挟んで、継母と泉ピン子さんは継母と実母の2回戦目のような図式になっており、親子というより、女と女の闘いという形だったようです。

 

画像:NHK

 

それでも、最後には、継母が選んだ女としてのオトシマエに対し、泉ピン子さんは「バカね」と言いながらも、おそらく同じ「ダメな男」を愛してしまったもの同志としての何か、共感や共闘に対する同情のようなものが、子供としてのの感情を超えたところであったのではないかと思います。

 

同じ「ダメな男」を愛したもの同志

 

そんな風に継母・三門お染さんの事も同じ女性として愛しい気持ちで見ていたのかもしれません。そういう意味ではきっと実母の継母に対する想いも同じだっただろうと思えます。

 

 

kira2
kira2

ちょっと胸アツになりますね。

 

スポンサーリンク

 

◆1988年 女優・泉ピン子(41歳)が独身時代、家族同然の仲の『徹子の部屋』出演で語った結婚観 写真画像

 

1988年に泉ピン子さんが『徹子の部屋』に出演された時、まだ泉ピン子さんは独身を貫いていました。41歳で独身ということで、当時の時代色から言うと、もう「結婚」については考えていないと想像するのが一般的だったように思います。

 

画像:https://blog.goo.ne.jp/66setuko/e/223db8d66149bb3be71b17e7aa105465

 

泉ピン子さんご本人もそのつもりだったようです。

 

『徹子の部屋』番組内では黒柳徹子さんから結婚について問われた泉ピン子さんでしたが、

 

幸せは両方の手に乗りませんから、女優は結婚しなくてもいいんです。

引用元:Wikipedia

 

と答えています。実際に大ヒットドラマとなったNHK朝ドラ『おしん』出演では、真冬に極寒の川へ入るというシーンを脚本家の橋田寿賀子さんからの直々の依頼を受けており、6時間にも及ぶそのシーンの撮影が大変過酷だったことから数か月間生理が止まる、ということを泉ピン子さんは経験しています。

 

泉ピン子さんが30代にして、強い気持ちで「結婚」よりも「女優」としての人生を選んでいたことがよく分かります。ご本人の話では28歳の時には結婚は選ばないと決めたと言っています。丁度長く付き合った男性との恋愛が終わった頃のようです。

 

画像:ヤフオク

 

しかし、実はこの出演の頃にはちょっとした想定外のことが…

 

黒柳徹子さんのお話はこちらです↓

黒柳徹子は若い頃ニューヨーク恋愛を40年!?結婚歴・恋人画像!
日本で最初のテレビジョンの女優さんとして現在も活躍する黒柳徹子さんですが、若い頃から40年間ものお付き合いだった恋人が存在したそうです。どんな男性だったのか気になります。今回は黒柳徹子さんの若い頃の人生や、ニューヨーク時代、チャームポイントのタマネギヘアの秘密、黒柳徹子さんの人生を支えてきた大恋愛などを写真と共にお届けしたいと思います。

 

◆しかし女優・泉ピン子は1989年(年齢:42歳)で熟年結婚!黒柳徹子もビックリ!結婚相手となった旦那・武本憲重はどんな人?内科の医師?夫妻の馴れ初めは?画像

 

20代にして既にもう結婚をするという人生について自分の人生においては選択しないものとして振り切り、女優として生きていくことを最優先にしていた泉ピン子さんでしたが、実は、『徹子の部屋』出演のちょうど1年前にあたる1987年、現在の旦那さんとなる内科医の男性と出会っています。

 

さらには、後に旦那さんとなる男性と初めて出会った際、瞬間的に、泉ピン子さんは、こう感じたと語っています。

 

「私、この人と結婚するかも!」

 

kira2
kira2

ビビビってやつでしょうか(笑)??

 

◆女優・泉ピン子は『徹子の部屋』出演の翌年に結婚していた!その時の年齢は?旦那・武本憲重は年下医師!?病院はどこ?どんな人?写真画像

 

そして、『徹子の部屋』出演後の翌年、1989年7月に泉ピン子さんは42歳にしてご結婚されます。これにはさすがの黒柳徹子さんもビックリされたのではないかと思います。

 

画像:黒柳徹子公式Instagram

 

直近で『徹子の部屋』に出演した際に泉ピン子さんは、さらに

 

(結婚を)するとしていたらとっくにしていたと思う、孤独に耐えて(これからも)生きていきます。

 

というような内容のコメントもしていたそうです。

 

 

あれ?孤独に耐えるんじゃなかったっけ??(笑)

 

といいたくなる気持ちは否めませんが(笑)、泉ピン子さんにとってもこの結婚については想定外であり、後で振り返った時にも「人生の転機」と語っています。

 

泉ピン子さんの旦那の武本憲重さん(院長)

泉ピン子さんの旦那の武本憲重さん(院長)

画像:武本ホームドクタークリニック

 

さて、

泉ピン子さんの旦那となったのは4歳年下と言われる現在、消化器系の開業医の武本憲重さん!

 

泉ピン子さんは42歳にして、お医者様の妻になったのでした!旦那さんである武本憲重さんの病院は中央区銀座にある「武本ホームドクタークリニック」という名前の病院だそうです。平成14年(2002年)に開業されているので、泉ピン子さんが出会った時にはまだ有明へ移転前の癌研究会付属病院で内科医長をされていた頃かと思われます。

 

 

◆女優・泉ピン子と結婚相手の旦那・武本憲重夫妻の出会いの馴れ初めはドラマ『女子刑務所東三号棟』やテレビ番組での縁?映画『座頭市』出番なしがきっかけだった!写真画像

 

泉ピン子さんの旦那・武本憲重さんは泉ピン子さん主演ドラマでその熱演ぶりが大注目となった1995年『女子刑務所東三号棟』の医療監修を任されていた経緯があります。

 

ドラマ『女子刑務所東三号棟2』主演の泉ピン子さん

ドラマ『女子刑務所東三号棟2』主演の泉ピン子さん

画像:TBSオンデマンド

 

また、泉ピン子さんの旦那さんである武本憲重さんは、2004年に放送を開始したテレビ番組『最終警告!たけしの本当は怖い家庭の医学』において武本憲重さんがゲスト医師としてスキルス胃癌の権威として、過去2度出演しているようです。

 

これらの経緯でお二人の関係が親密になったのか??と調べてみると、いずれも泉ピン子さんと武本憲重さんご夫妻がご結婚された1989年「以後」の関係だったようなので、これらの番組が馴れ初めではないようです。

 

もっと調べていくと…

 

勝新太郎さんの1989年の映画『座頭市』に出演が予定していた泉ピン子さんでしたが、

 

画像:amazon

 

勝新太郎の一存で泉ピン子の出番がなくなる事態に…。

しかし、なんとこれが出会いの最初のきっかけ!

 

勝さん、あのような方ですから。役無くなっちゃってたんで。
『こう切ってたら、カットしてたら、お前の役、無くなっちゃった』って言われて」
『ええ、そうですか』みたいな世界で。

引用元:『オーラの泉』SP7

 

 

ヒマになったので、検査をすることにした泉ピン子。

 

その撮影スケジュール分がぽっかり空いたことで、泉ピン子さんは以前から白血球の数値が高かったこともあり、当時大塚にあったガン研究センター(現在は2005年に有明に移転)というところでの検査を受けることにしたのだそうです。

 

画像:http://www.nishisugamo.com/view-nsg/nishisugamo.html

 

そこで担当したのが現在の旦那・武本憲重さんだったそうです。

 

スポンサーリンク

 

◆女優・泉ピン子と結婚相手の旦那・武本憲重夫妻の交際発展までの馴れ初めは運命的な健康診断での初対面に決まっていた!写真画像

 

そうして、検査を受けるために病院へ着て、担当医が現在の旦那さんというとんでもない展開をしている泉ピン子さんと武本憲重さんご夫妻ですが、本当に初見から不思議な感覚がしていたようです。

 

画像:https://エンタメ芸能最新ニュース.com/2019/05/07/izumipinko-danna/

 

タイプでもないのに結婚する気がした。

 

そこでガラガラって『担当です』って入って来たのが・・。私、入って来た瞬間に、『私、この人と結婚するわ』と思って」

引用元:『オーラの泉』SP7

 

 

その時の泉ピン子さんは、全くタイプではないにもかかわらず、入ってきた瞬間に武本憲重さんについて「この人と結婚するわ」という事だけわかったという話をテレビ番組『オーラの泉』で話しています。

 

kira2
kira2

運命ってスゴイww

 

その後、1か月ほどして担当医だったということでお礼にお食事に誘った泉ピン子さん。それからは旦那さんである武本憲重さんからたびたび電話での連絡があり会うようになり、2、3か月で「結婚」という話が持ち上がったと言います。

 

泉ピン子さんと旦那の武本憲重さん

泉ピン子さんと旦那の武本憲重さん

 

 

しかし、最初は泉ピン子さんも結婚については自身の生態を十分把握していることや、女優として生きていく信念が何よりも強いことから、あまり前向きな話はしていなかったようです。

 

『あんた止めなさいよ』って言ったの私。『だって家へ帰って来て電気点けるの自分よ』って。で『夏、暑いのに冷房、入ってないよ』って。

だから、そんなね、私がそういう、出来たら奥さんみたいな人欲しいのに。そんなのしてあげられないんだから。だから『朝起きないよ』って言って。

でも『いや、そんなのはお互いが出来る人が、やればいい』と。旨い事、言っちゃって、その時はね。

引用元:『オーラの泉』SP7

 

 

家に帰ってきて電気着けるのは自分よ?

 

 

kira2
kira2

なかなかパンチのきいたセリフです(笑)

 

一方、同時期に対岸にいた武本憲重さんが泉ピン子さんに対して抱いていた思いはこうでした。

 

結局寂しさがあると思うんですね。一生懸命頑張っているんだけど、話して打ち明けるところがないので、精神的には孤独だな、みたいな

引用元:ザ・テレビジョン

 

 

また、武本憲重さん泉ピン子さんの普段テレビ画面では映らない弱い一面を見て、「この人に花嫁衣裳を着せてやりたいと思ったから。」とも当時の心境を語っています。

 

 

◆女優・泉ピン子と結婚相手で旦那・武本憲重夫妻の結婚は親に反対されていた!?それを実現させたのは芸能界での盟友で夫妻役も演じたことがある西田敏行だった!写真画像

 

その後、泉ピン子さんが武本憲重さんとの結婚を意識したものの、武本憲重さんのご両親からは故郷・大分県で開業医になってほしいという強い意向があり、またおそらくは有名芸能人との結婚ということで猛反対があったようです。そんなこともあり、ますます前向きになれない泉ピン子さんでした。

 

画像:http://i-article01.com/2016/08/26/泉ピン子の滑舌が悪くなった理由がヤバイ性格の/

 

当時のマスコミも大物女優の泉ピン子の熟年結婚、相手は医師でしかも年下!ということで情報をあること無い事書き立て、夫の両親からの反対についても辛辣に書き、相手方家族は皆一般人にもかかわらず大変な事態になってしまったと言われています。

 

 

しかし、そこで泉ピン子の結婚を後押ししてくれた人物が!

 

芸能界での盟友・西田敏行!

 

泉ピン子さんと旦那の武本憲重さんのキューピット役!西田敏行さん

泉ピン子さんと旦那の武本憲重さんのキューピット役!西田敏行さん

画像:twitter

 

 

泉ピン子さんと西田敏行さんはお互い売れない下積み時代からの友人であり、当時からよく一緒に酒を酌み交わし、お互いの自宅に泊まり合う程の親友のようです。トーク番組の中でも西田敏行さんのお話はたまに出てきます。

 

 

泉ピン子さんが小さい時になりたかった職業が女優ではなくて「美容師」だったことについて番組で質問された際も

 

あんた、自分の顔見て、己分ってるわよ。当時は綺麗な人か、なれなかったの。あなたね、多少ね、耐えられない顔が出られるようになったのは私と西田(敏行)くんのおかげよ。

引用元:https://k-tantan.blog.so-net.ne.jp/2007-07-03

 

西田敏行さんと自分について、ユーモアいっぱいに語っています。結婚に関しても、西田敏行さんが二人を後押ししたことで実現したと言われています。

 

 

画像:日刊スポーツ

 

一方の西田敏行さんはというと、泉ピン子さんについてこう語っています。

 

ピン子さんは器用な人ではないんですよ、だから本当に気持ちを込めて泣くシーンなんかも、その気持ちになった所から初めて発するセリフだったり肉声だったりする気がする

引用元:NHKファミリーヒストリー

 

 

家族のように、よく分かっている西田敏行。

 

 

◆女優・泉ピン子と俳優・西田敏行は夫婦だった?『渡る世間は鬼ばかり』での旦那役は俳優・角野卓造!母親役は山岡久乃!写真画像

 

余談ですが、西田敏行さんと泉ピン子さんは脚本家・市川森一氏の作品であるドラマ『淋しいのはお前だけじゃない』(1982年)に主役夫婦で共演しています。そういう意味では武本憲重さんより前に夫だった人ですね(笑)

 

画像:ビデオマーケット

 

そして、泉ピン子さんが結婚30周年にして、新たなエピソードを公開してくれていました。最初に旦那さんに会った時の検査では大腸検査があり、そこで全部見せたという泉ピン子さん。その後に結婚を申し込まれる状況になり、どうしようかと迷って相談した西田敏行さんの返事は

 

「そこまで見られたんなら決めちゃえば」

引用元:https://meringue4c.blog.so-net.ne.jp/2017-03-21

 

だったそうです(笑)。あっさりしてるww

 

kira2
kira2

西田敏行さんがキューピットだったって、まさかそれだけ??(笑)

 

西田敏行さんも出演した「花は咲く」プロジェクトの話はこちら↓

名曲「花は咲く」作曲家菅野よう子・歌詞岩井俊二、参加メンバーの想いとは?
今回は菅野よう子さんの作曲した国民的合唱歌「花は咲く」について菅野よう子さんという作曲家を追いつつ、菅野よう子さんがどの様な想いをもってこの曲を作曲し、現在もアプローチを続けているかということに焦点を当てて調べてみました。「花は咲く」知られざる新しい魅力が伝わればうれしいです。

 

 

余談ですが、『渡る世間は鬼ばかり』での旦那さんは角野卓造さんでした。

 

画像:https://zaitakudemamawork.com/2019/01/18/akagiharue-izumipinko/

 

 

さらに母親役は山岡久乃さんでした!

 

画像:オフィス天童

 

和田アキ子さんと山岡久乃さんのお話はこちらです↓

和田アキ子の身長体重・足のサイズ・握力・類似性ジャイアンと本気比較!女優も
和田アキ子さんとジャイアンの類似性、強さ、身長や体重、靴のサイズを令和に改めて本気で比較確認しておきましょう!ジャイアント馬場さんとの比較や和田アキ子さんと同じような大きい足をお持ちの女性陣も♪今回はキラキラというより、ギラギラしてます(笑)

 

 

そういうわけで結婚。

 

 

でも、結局、諸事情が重なり、泉ピン子さんと武本憲重さんの結婚式や披露宴は行われなかったそうで。 (;´∀`)

 

マスコミには結婚を公表せずに新婚旅行に出かけたが、帰国時には成田空港に報道陣が殺到。ピン子は夫を守り、1人で会見。
「なるべく今後一切、週刊誌の方、あまり(夫には)触れないで頂きたいと思います。私はどんな風に質問されても、聞かれても、いいんですけど、彼(夫)が(週刊誌に)載ってるのを見ると、ただただ申し訳ない…と。(彼の)家族のこともなるべく触れないでいただきたい」と号泣し、懇願した。

引用元:デイリー

 

 

それは、その後も長く続いた泉ピン子さんの結婚に関するマスコミのバッシングととある事件発覚からのようでした。

 

画像:https://blog.goo.ne.jp/realpress555/e/f62501e8a370594187a9b764203fb7ad

 

 

泉ピン子さんと武本憲重さんの結婚から3年ほどの間、泉ピン子さんは夫婦の結婚が反対されていたことについてのでたらめな報道や、泉ピン子さんの出演するドラマや映画の撮影現場で後輩女優への指導が過熱し、若手女優を次々にイジメてるという激しいバッシング報道を受けることになります。

 

 

泉ピン子の若手女優イジメ報道。

 

これらの報道に対し、泉ピン子さんは繊細で傷つきやすい一面があることからとても深い精神的ダメージを負っていた時期が続いたようです。そこを知っていた旦那の武本憲重さんは泉ピン子さんをずっと励まし続けたという事でした。

 

画像:ヤフオク

 

結婚してから3年後にはピン子が
「ほんと、主人のパジャマをつかんでいないと(ホテルの窓から)飛び降りちゃいそうになるんですよ。どうしてこんなに書かれるんだろうって…」と、落ち込むような試練が訪れる。

引用元:ザ・テレビジョン

 

私達視聴者が日常、泉ピン子さんをテレビ越しに見て抱いている印象とは全く違うとても傷つきやすくデリケートな心を持った泉ピン子さんが実際は存在するようです。

 

スポンサーリンク

 

◆1995年 泉ピン子を8キロ痩せさせ、円形脱毛症にもした最大の事件報道での号泣会見!結婚後、旦那・武本憲重と看護師愛人の不倫が発覚し婚外子の隠し子が存在していた!?認知へ 写真画像

 

そして、1990年代に入ると一転、泉ピン子さんと旦那・武本憲重さんの間に大きな問題が浮上します。泉ピン子さんと旦那・武本憲重さん夫妻には結婚後もお子さんはいなかったわけですが、1995年、なんと夫の武本憲重さんが看護師の女性との間に子供(婚外子)ができていたという事実が判明してしまいます。

 

◆女優・泉ピン子が結婚した旦那・武本憲重が浮気して夫妻が揺れた!愛人看護師女性と不倫愛の末、子供ができた!有名人な婚外子(娘)が!息子も?バイオリニストで活躍?写真画像

 

旦那の隠し子騒動で泉ピン子さんが会見へ…。

 

旦那の武本憲重さんの隠し子問題で会見を開く泉ピン子さん

旦那の武本憲重さんの隠し子問題で会見を開く泉ピン子さん

画像:twitter

 

女優さんとはいえ、プライベートの問題は仕事とは関係がないのでいいじゃないかと思うのですが、やはり公で活躍する人としては大騒動になった「泉ピン子の旦那・隠し子問題」について、泉ピン子さんは立場上、旦那の不祥事を謝罪という立場で妻として会見を開かなければならなかったようです。

 

私に子供が出来れば…。

 

泉ピン子さんは私に子供が出来れば…と泣きながら会見で発言したそうで、当時としては42歳という高齢での結婚や、女優としての人生を優先してきた結婚生活の経緯について振り返った時に(今回の問題が)自身の責任もあるという含みを持たせた印象の会見だったようです。

 

そして、泉ピン子さんが会見で旦那・武本憲重さんの隠し子騒動について買った言葉は

 

「許します。」

 

 

でした。この一言の余白に込められた愛情の大きさを考えると、計り知れないものがあると感じます。たとえ許しがたく受け入れがたい事実があったとしても、旦那さんの存在が自分の人生にとってもはやかけがえのない、この先も存在してほしい人であるのだから、

その人を構成するものは、受け入れがたいものであっても、自分が愛する以上受け入れていくしかない、それが自分にできる愛情の形であると、そういった決して「台詞」にはならない感情を感じさせるものでした。

 

 

憎しみも含めて、愛に含めていく覚悟。

 

 

画像:https://luupy.net/1566

 

こちらの一件があって、泉ピン子さんは心労で8㎏も痩せてしまい、円形脱毛症にまでなったと言われています。結局、泉ピン子さんの旦那・武本憲重さんの隠し子と言われた子供は武本憲重さんが正式に認知をしたようです。

 

 

愛情についてたくさん考え、苦しみもした時間だったようです。

 

 

会見での泉ピン子さんは、不祥事を起こした原因の旦那である武本憲重さんを責めるどころか、妻としての自身の不足を認め、気丈な態度で旦那の不祥事を涙ながらに謝罪し、立派だったという印象を概ね視聴者には残したようです。

 

泉ピン子が夫の隠し子発覚会見で「夫からもらったラブレター」を朗読し号泣、その手紙を入れてきたのがシャネルの靴箱だったのが気になった。

引用元:twitter

 

 

こんな視聴者も中にはいました(笑)

 

 

当時、大変傷ついていた泉ピン子さんには、いつものテレビ番組用の勢いの良い辛口キャラや皮肉なユーモアを話に盛り込む余裕もなかったようで、旦那さんが話されていた本来の繊細な泉ピン子さんの姿がここにはあったのかもしれません。

 

画像:MSNニュース

 

その後は、また泉ピン子さんと武本憲重さんご夫婦は新たに、信頼関係を積んでいかれたようです。驚くべきことは問題となったその「隠し子」である武本憲重さんと不倫相手の愛人看護婦の女性との間の子供が現在、芸能界でも活動しており、バイオリニストとなっているそうなのです。

 

婚外子として泉ピン子さんの旦那・武本憲重さんには息子さんもいるという噂もあったようですが、そちらは特に具体的な情報は見つかりませんでした。

 

 

◆女優・泉ピン子の旦那・武本憲重と看護師女性との間の婚外子(娘)泉沙織が同苗字を名乗り、有名なバイオリニストとして活躍中!のなぜ?と継母との関係との共通点 写真画像

 

泉ピン子さんの旦那・武本憲重さんの婚外子は泉沙織さんという女性で、4歳よりバイオリンをはじめ、日本での芸術の名門大学、東京藝術大学音楽学部器楽科を卒業後、国内のコンクールにおいて数々の賞を受賞、その後2010年以降はフランスに移り、現在はパリ管弦楽団に所属してフランスでオーケストラに参加し活動しているということです。

 

かなり優秀なヴァイオリニストらしい。

 

画像:東京芸術大学

 

そして、注目すべき事実としては1984年生まれといわれており、それが事実だとすると泉ピン子さんと旦那・武本憲重さんの結婚より5年も前に誕生している子供であったこと、そして、泉ピン子さんの「泉」姓を引き継いで活動されていることです。

 

結婚前に誕生しているのに、隠し子っていうのも確かに違う気が・・・

 

画像:森音楽事務所

 

婚外子だったはずの旦那の娘が、なぜか「泉」姓。

 

実の父親である武本憲重さんの「武本」であればまだ話は分かりますが、何故か「泉」姓を引き継いでいる事実と、それを泉ピン子さんが了承している(だろうと思われる)事実はとても大きい意味を持つように思います。

 

画像:https://saishin-torendo.blog.so-net.ne.jp/upload/detail/E6B389E6B299E7B994.jpg.html

 

 

こちらについても調べていくと、どうやら泉ピン子さんご本人が泉沙織さんに対し、芸能活動をしやすいようにという意味で、泉を名乗るようにと勧めたようです。

 

どこかで記憶のある事象。

 

泉ピン子さんが幼少期から育ててもらった女性も実母とは異なる、しかも父親の元愛人であった継母・三門お染さんでした。しかし、そんなことは子供心には全く気付かずに小学4年生まで育てられた泉ピン子さんがおり、またその後、三門お染さんは継母でしかも実母の生前に父の元愛人だったと分かったことで娘心に感情や愛情がぎくしゃくし、こんがらがった状態が長く続いていました。

 

画像:twitter

 

でも結局、がんになった継母の最期まで世話をしました。

 

最後は長い間、相いれなかったはずの継母が、自分(泉ピン子)の存在があったことで(自分の為を想って)昔授かった子供を産まない決断をしたことにすら泉ピン子さんは慈悲深い気持ちを抱き続けています。

 

継母は元愛人として泉ピン子さんの実母にとっては父親を奪われる脅威でしかなく、実際母が第二子を妊娠中に急逝し、それをいいことに後から登場した人物なのですから、もともとあった家族形態に迷惑をかけない配慮をするのは当然という見方もできるでしょう。

 

画像:amazon

 

しかし、泉ピン子さんはそこで、女性が自分の子供を持てないこと、その決意に対して継母の老年期には同情したのです。それは自分自身が同じ苦しみを長く抱き続け、選ぶために向かい合った時間が多くあったからこそ分かる痛みに対する同情であり、

 

まだ右も左もわからない子供だった自分(泉ピン子)に対して心情面で配慮(産まないという決断)をしてくれた継母への敬意と、継母の義理人情のようなものについて泉ピン子さんが実母への気持ちとは異なる、継母と自分の間にあった愛情を改めて「愛情」だと感じたからだと思います。

 

 

画像:twitter

 

 

婚外子の泉沙織と泉ピン子はとても立場が似ている。

 

少し角度は違うものですが、複雑な人間関係の親の元生まれたという意味で、泉ピン子さんと泉沙織さんの境遇はとても似ています。そして、子供には何の罪もないということも泉ピン子さんは誰よりも分かっていることだと思います。自分と継母・三門お染さんだって血なんか1滴も繋がっていませんでした。

 

実子がいない泉ピン子さんにとって、泉沙織さんは夫の娘という以上に、我が子のような存在にいつしかなったのかもしれません。

 

写真:デイリー

 

愛する夫の子供なのだから、自分も愛するでいいじゃない。

 

そんな気持ちがどこかであったのかもしれません。旦那・武本憲重さんの人生に関わる人々を、妻としてまるっと受け止める泉ピン子さんはさすが若い頃に愛情深いおしんの母役を任された人だなという印象でした。

 

母心・泉ピン子がステキ!

 

 

画像:orchestredeparis.com

 

泉沙織さんもバイオリニストとして、フランスで活躍されているようです。少し考えると4歳からバイオリンを習う程の家庭の裕福度があるということで、泉沙織さんの母親のご実家は元々お金持ちなのかもしれません。

 

そして、泉沙織さんの母親は泉ピン子さんと結婚するどころか、出会う以前に武本憲重さんと交際していた女性で単に結婚に至らなかった、ということが事実だとすると、その女性を「愛人」というのも泉沙織さんを「愛人の子」や「隠し子」というのも本来おかしな話であることが分かります。その場合、不倫でも浮気でもなく、結婚に至らなかったひとつの交際だったと言えそうです。

 

スポンサーリンク

 

◆2019年4月 女優・泉ピン子が結婚情報サービス「ゼクシイ」新CM発表会に登場!ゼクシーガール白石聖へ託した結婚観・愛情の金言が鮮やかでスゴイ!写真画像

 

2019年4月には大手結婚情報サービス企業である「ゼクシー」がゼクシィCMガールの12代目となる女優の白石聖さんの就任を発表し、イベントを開催しました。こちらの「ゼクシーガール」は女優を目指す若手女優、芸能事務所の中では「美少女タレントの登竜門」と言われているほど大きな意味を持つもののようです。

 

画像:https://mdpr.jp/news/detail/1834079

 

そこへちょっと「ゼクシー」のイメージとは若干異なる印象の泉ピン子さんがゲストで登場したようです。

 

なぜ?ここに泉ピン子?

 

どうやら、泉ピン子さんがゲストで呼ばれた理由は平成元年のご結婚であり、令和元年に晴れて30周年を迎えるから、という理由だったようです。

 

 

画像:https://mdpr.jp/news/detail/1834079

 

若々しく夢と希望でこれでもかと輝く白石聖。

 

本当に女優さんとしても女性としても、初々しい若さでいっぱいの白石聖さんに対し、泉ピン子さんは「結婚」について、ありったけの愛情をこめて、かなり現実的なアドバイスをします。

 

 

ところが、

泉ピン子の結婚観と愛情に対する切込みが、かなり素晴らしかった!

 

 

まず、ジャブとして泉ピン子さんが初々しさしかない12代目ゼクシーガール女優・白石聖さんへ「結婚」というテーマに関して投げた言葉がこちらでした。

 

そんなに夢いっぱい持たない方がいい。結婚したらバラ色で…なんていうのが失敗のもと。だって一緒(の人間)じゃないんだからさ。焦っちゃダメよ。だってまだ20歳じゃん。アンタだったらどこへでも行けるわよ、引く手あまたで

引用元:日テレニュース24

 

kira2
kira2

また最初から(笑)

 

なかなか核心を突いたアドバイスを最初から投球してくる泉ピン子さんです(笑)

 

 

画像:https://mdpr.jp/news/detail/1834079

 

 

その後、白石聖さんは恒例のように好みの男性のタイプを聞かれ、好きになった人ですかね、と答えると、泉ピン子さんがすかさず切り込みます(笑)

 

お金持ってる人って言っておきなさい、それでオバサンに恵んで(笑)

引用元:日テレニュース24

 

このアドバイスは長年の女優人生で、泉ピン子さんが多くの美人女優が悪い男に騙されて不幸になっていく歴史をたくさん見てきたからなのでしょうか?(笑)

 

 

予防線があまりにもリアル(笑)

 

 

しかし、白石聖さんが女優として結婚後も芸能活動を続けていきたいという意志をのぞかせると、さらに泉ピン子さんは女優ならではの具体的かつ明確な例を挙げての金言を白石聖さんへ捧げます。

 

 

 

付き合っていて自分のやってるドラマに対して四の五の言ってくる男は止めなさい。うちの夫みたいに本(台本)があっても絶対に見ない(ような人)、その方がうまくいくと思う。

引用元:日テレニュース24

 

 

まさに金言!!

これは素晴らしいアドバイスかもしれませんね。

 

 

kira2
kira2

具体的でビックリしますw

 

泉ピン子さんもここまでの結婚生活30年間において、周りからも自分自身の中でも離婚危機はいくつもあったようです。そこからの教訓として意識しているものについてこうお話しています。

 

家にいる時は温かいもの作ってあげる、夏は冷たいもの。なるべく胃袋をガッチリ掴んでいく

引用元:日テレニュース24

 

 

何より、胃袋を掴む。

 

画像:ザ・テレビジョン

 

これは結婚直後から泉ピン子さんがずっと繰り返しおっしゃっていることですね。

 

kira2
kira2

泉ピン子さんは料理上手で有名ですからね。

 

 

そして危機的状況の時には今でこそ若手に金言を投げられる泉ピン子さんですが、かつては第三の母ともいうべき橋田寿賀子さんからも結婚についての愚痴に対し、このような事を言われ、諭されていたようです。

 

画像:mantan-web

 

さすが『おしん』『渡鬼』を世に送り出しただけはある(笑)

 

そして、容赦のない橋田寿賀子愛がこちら!

 

「あんた。結婚したんでしょ! そのひとと、結婚したくてしたんでしょ!」

「(ダンナを)もらってやったのよ、なんて言ってるけど、もらってもらったんでしょ! ブスでも、もらってもらったんでしょうが」

「(嫁に)行ってやったって気持ちが、強いわけ」

引用元:https://blog.goo.ne.jp/realpress555/e/f62501e8a370594187a9b764203fb7ad

 

 

橋田寿賀子先生の言葉のポイントを要約すると…

自己決定の再確認
感謝不足を指摘
思い上がりと傲慢さを指摘

 

言葉だけを聞いたら辛辣なものに聞こえるかもしれませんが、これだけのことをきちんと言ってもらえるというのは本当に泉ピン子さんと橋田寿賀子先生の間の信頼関係と愛情がなければ成り立たないことかなと思います。

 

また、この言葉は、泉ピン子さんが最も尊敬する師匠としている日本演劇界の女優・杉村春子さんの戯曲『女の一生』(劇作家・森本薫杉村春子のために書き下ろした)での台詞にも通じるものがあります。この言葉を、泉ピン子さんはとても大事にしてきていたのでした。

 

画像:amazon

 

誰が選んでくれたんでもない・・。

自分で選んで歩き出した道ですもの・・。

間違いと知ったら自分で間違いでないようにしなくちゃ・・

引用元:『女の一生』より

 

 

kira2
kira2

ビシバシ!

 

スポンサーリンク

 

そして、白石聖さんを代表に、若くこれからがまだまだ長いピチピチの日本の女性たちへ、最後に泉ピン子さんがしっかりバトンとして渡したのはこんな言葉でした。

 

 

いっぱい恋愛して、いっぱい失敗して、いっぱい傷ついて、最後にいい男を見つけなさい。

引用元:日テレニュース24

 

オシンマザー泉ピン子さんの「愛情」という概念が、理想通りにはいかない複雑な人間関係と色々な形の愛情、そこに対する葛藤、悲しみ、大量の涙を通して、大きなものに広がっていったことが分かる言葉です。また、泉ピン子さん自身もかつて「バトンを受け渡された者」でもありました。

 

◆女優・泉ピン子と旦那・武本憲重が2019年7月結婚30周年!移転先自宅で終活開始。演技賞の処分に保険解約。お墓について 写真画像

 

泉ピン子さんと旦那・武本憲重さんは、結婚20周年前後にあたる2010年に、海が一望できる静岡県熱海市にマンションを購入して自宅ごと移住しています。

 

画像:https://tomami.net/izumipinko-jitaku

 

これは脚本家の橋田寿賀子さんの住むご自宅から山3個分の距離であることに加え、夫が海が好きであることから、熱海なら海を見渡せるマンションがあるということで購入されたようです。

 

とはいえ、リビング30畳、床面積約200平米!

 

 

画像:https://tomami.net/izumipinko-jitaku

 

エントランスからゴンドラで行くそうです(笑)。

 

そして2019年、泉ピン子さんと旦那の武本憲重さんは1989年7月のご結婚から30年というまた新しい節目を迎えました。泉ピン子さんは2019年に72歳。ご夫妻は人生の終い方について考え、行動し始めていると言われています。

 

仲睦まじい様子の泉ピン子さんと旦那の武本憲重さん

仲睦まじい様子の泉ピン子さんと旦那の武本憲重さん

 

 

泉ピン子は演技賞を全部処分したらしい。

 

さまざまな賞を受賞してきたが、「(演技賞は)全部捨てた」と告白。
「だって、私が死んだら、あなた、捨てられる?彼のこと思うと、全部整理した」と終活についても明かした。

引用元:デイリー

 

 

泉ピン子さんの口調から想像すると、なんだか軽いニュアンスに聞こえますが…若い頃から辛い思いをしながらもたくさん演技の修行を積んできて、自身の女優としての成果を証明し、形にしてきたものです。なかなかできる事ではないと思います。

 

 

でも捨てる。そういうものだからこそ。

そして、今の自分にはもう無くてもいいから。

 

 

画像:https://meringue4c.blog.so-net.ne.jp/2017-03-21

 

そしてもう一つ。

 

夫妻に子供はおらず、60歳の時に生命保険を解約しており、
「だって、私が死んじゃったら、この人、絶対若い女と一緒になるじゃない!」と毒づき、笑わせた。

引用元:デイリー

 

本当の事かどうかわかりませんが、一部の情報によると、泉ピン子さん旦那・武本憲重さんの婚外子である泉沙織さんの為に毎月積み立てをしているというお話も過去あったようです。

 

私が死んだら。私が死ぬまでには。

 

 

色々な夢に向かって歯を食いしばり走り続けてきた泉ピン子さんも、今いちばん気にしていることは、どう死にたいか、死ぬ時までにどう自分を納得させるか、ということのようです。

 

NHKクローズアップ現代に出演されていたときの泉ピン子さんのお墓問題のお話も割と最近の出来事です。

 

 

 

最後はやはり、泉ピン子さんとしては、父親、実の母親、継母が一緒に待っている「家」のお墓へ入りたいというのが希望なのかもしれません。(実母と継母は同じお墓に入っているそうです。)ダメな男だったけれど大好きだった父親に「そのために名付けたんだ」と言われた後家相の名前を全うしたいのかもしれませんね。

 

 

画像:http://www.livenan.com/archives/18750020.html

 

一方、旦那・武本憲重さんは…

 

結婚して30年、武本憲重さんが妻・ピン子への想いを明かした。
「今まで無事に2人とも生活してこれましたし、これからも楽しい生活をしていきたい。現役を退いた後は2人でのんびり、世界旅行でもしたい。これからもよろしくお願いいたします」と話した。

引用元:TVでた蔵

 

 

泉ピン子さんの旦那・武本憲重さんにとっては、まだまだ医者という仕事のリタイア前であり、第二の人生はこれからのようです。そして、旦那さんに対し、番組スタッフが「生まれ変わって泉ピン子さんと出会ったら結婚されますか?」と質問すると…

 

 

「人生にもし次があったら、(またピン子と結婚)しようと思いますね。また別の生き方をしようと思う。後悔しないと思います…」

引用元:TVでた蔵

 

旦那さんは泉ピン子との「これから」と「来世」も見据えていた!

 

この言葉に対し、泉ピン子さんはとても感動した様子だったそうです。

 

画像:https://geinou-hayari.com/3172.html

 

 

「また次に会っても、結婚しよう。」

 

 

kira2
kira2

また来世でも会いたいと言ってくれる人の元で余生を過ごすなんてとても贅沢な愛情に恵まれた時間にいる泉ピン子さんなのでした。

 

泉ピン子さんの演じたおしんのお話はこちら↓

『おしん』あらすじネタバレ内容!最終回の感動のラストシーンは?
今回は日本の最高視聴率ドラマ『おしん』の感動ストーリー全297話の各章別のあらすじ最終回のネタバレ情報を中心にお届けします。『おしん』の苦難の中でも強い意志と共に、子供たちと清らかさを守り抜く、最高にキラキラした女性としての生きざまが現代の私たちにも勇気とエールを送ってくれます。

 

泉ピン子さんの首振り症状の話はこちら

泉ピン子に女優引退を悩ませた首振り震え・呂律問題!今現在は病気?動画
圧倒的な演技と存在感が欠かせない大女優・泉ピン子さんですが、ここ近年のドラマ出演やトーク番組での出演でテレビ視聴者より頭部の揺れや首振りの指摘、大病ではないかという声が盛んにされてきました。今回は泉ピン子さんのそうした首振り、頭部の揺れについての情報を集めています。
スポンサーリンク
スポンサーリンク
kira2をフォローする
スポンサーリンク
キラキラしたいっ!

コメント

タイトルとURLをコピーしました