萬田久子と夫・佐々木力「人生はオセロ」な波乱の事実婚と女・子供

◆結婚・離婚・夫婦・旦那・家族

◆2011年(年齢53歳)萬田久子は闘病中に事実婚旦那・佐々木力氏に愛人・隠し子が居たことを知らされる。

 

ここで冒頭のお話に戻りますが、2011年、萬田久子さんの事実婚の旦那である佐々木力さんのスキルス性胃がんが発見され、余命3ヶ月という現実を突きつけられます。

 

当初は尿管結石ではないかと疑われていた時期もあったそうです。

 

 

そして、入院中に萬田久子さんは佐々木力さん自身の口から、愛人の存在とその間に隠し子が居ることを知らされることとなりました。

 

ほんとうに「まさか」の多い萬田久子さんの人生です。

 

 

◆萬田久子が余命宣告後に知らされた、佐々木力氏の8年に及ぶ元モデルの愛人と2歳の隠し子

 

佐々木力さんが病床で告白した愛人の存在はこれまた衝撃的なものでした。その時に分かった事実としては次のようなものでした。

 

 

・2003年から8年間もの関係の愛人がいた

・2009年頃に誕生した愛人隠し子女児が居た

愛人佐々木力さんの会社のファッションショーに起用した元モデル

愛人萬田久子と顔見知りの女性

 

内容を見ると、愛人女性が、萬田久子さんと佐々木力さんの出会った状況と酷似していることが分かります。違っていたのは萬田久子さんが法律上の配偶者ではなく、「事実婚の内縁」ということでした。

 

 

萬田久子さんと佐々木力さんの前妻との場合は、配偶者の居る佐々木力さんの明らかな「不貞」であり、配偶者の居る男性とそれを知りながら不倫関係を継続した萬田久子さん自身にも、双方責任が問われる「不法行為」と言えます。

 

 

けれども、新しく出てきた愛人に関しては愛人佐々木力さんも「不法行為」とは言えません。何故なら、萬田久子さんは法律上の配偶者ではなかったからです。ですから、厳密に言うと、「愛人」「隠し子」という呼び方も違うのかなというところです。

 

でも、事実婚妻
内縁の妻。

 

萬田久子さんとしては、とても複雑な心境だったと思います。でも、すでに「余命宣告」を受けていた佐々木力さんにそのことを怒る気にもなれなかったという話もありました。

 

 

この話を自ら内縁の妻である萬田久子さんへ話したという佐々木力さんの心境を考えると、やはり、自分の死後の財産相続についての話をするためだっただろうということが推測されます。

 

それ以外にも、佐々木力さんは、自分の死後のための行動をいくつかしていました。

 

 

◆佐々木力氏は余命宣告後に最後の仕事として、自分を救ってくれた柳井正氏のためにフランス大使館で大使に逢うために赴いていた

 

佐々木力さんは2011年にスキルス性胃がんによる余命宣告を受けた後に、「最後の仕事」として萬田久子さんと共にフランス大使館へ足を運んでいます。

 


画像:萬田久子公式Instagram

 

チャコちゃん、僕の最後の仕事だ。一緒に来てくれ
引用元:『Forbes』2018年7月4日

 

そう言われた萬田久子さんは、佐々木力氏と共に、フランス大使館へ大使とランチをするために一緒に足を運んだそうです。

 

 

その時の萬田久子さんはその「意味」をよく理解していなかったようですが、後にそれが「柳井正さんにお返しをするため」だったということが分かります。

 

 

当時フランスへ進出していたユニクロ、柳井正さんの仕事が少しでもやりやすくなるように。佐々木力さんは余命宣告をされた後の時間を使っていたのでした。

 

 

また、これで役目を終えたと思ったのか、この世で意識を失う前日に柳井正さんへ辞表を用意し、萬田久子さんともう一人の恩人である滝富夫さんに渡して貰えるよう託しています。

 

 

柳井さんは封を開けて読んで、「こんなのはいりません」と、右手でポンと机の上に投げました。そして、「佐々木さんはまた戻ってきます」とだけ言いました。
引用元:『Forbes』2018年7月4日

 

けれども、佐々木力さんは翌日に意識不明となり、二度ともう目を覚ますことはありませんでした。

 

自分の人生を最後にどう悔いが無いように終えるか。その一つに愛人隠し子について、そして残された者たちへの財産について、萬田久子さんへ話すということもあったのだということが分かります。

 

◆萬田久子の事実婚旦那・佐々木力氏が他界した後の遺産相続。自由が丘の土地に起こった皮肉な結果

 

萬田久子さんの事実婚の旦那・佐々木力さんが亡くなったことで、遺された財産は200億円にも上ると言われていました。

 

 

遺産の中には萬田久子さんと息子さん、萬田久子さんの母親も暮らしたことがあると思われる目黒区自由が丘「更地」もありました。

 

佐々木力さんは生前、この土地にあった住宅を立て直すことを計画しており、建築計画表には「RSHM RESIDENCE」という建物名称も記されていました。

 

RS→リッキー 佐々木
HM→久子 萬田

 

佐々木力さんと萬田久子さんの「終の棲家」という意味だっただろうと思います。地上3階、地下1階という構造で地中熱システムを取り入れた建物となる予定でした。

 

 

しかし、結論から言うと、この工事の中止を余儀なくされたことで、土地が更地として残ったために、すべて法廷相続人へ分配されることとなってしまいました。

ちなみに萬田久子さんは入籍していない為、「法定相続人」ではありません。

 

 

◆萬田久子への誕生日の贈り物だったはずの自宅建物が、近隣住民からの苦情で工事中止に

 

原因としてあったのは、近隣住民からの苦情による工事の中止でした。

 

 

この計画された建物に「地中熱システム」を取り入れるには、地下100mまでのボーリング工事が必要であり、これを実施し始めたところ、周辺住民から「地震のような揺れと凄まじい騒音」による苦情が起こります。

 

 

さらに、この土地がかつて「沼地」であったことから、地下100mまで掘り進められた時に、周辺の土地にも悪影響が出る可能性を周辺住民から指摘されたことで、2011年5月、6月には工事を中止せざるを得ない状況となっていました。

 

 

運悪く、その頃に佐々木力さんの「余命3ヶ月の宣告」があり、8月に亡くなってしまった事で工事は中止されたそうです。周辺住民に工事中止が伝えられたのは9月下旬でした。

 

 

この建物の計画では、完成予定は2012年の4月とあり、4月は萬田久子さんの誕生月でした。二人で余生を暮らすための家でもあり、萬田久子さんへの誕生日プレゼントにもなるはずだった家でした。

 

 

それが皮肉にも、この計画を立てたことで、萬田久子さんはこの土地に住み続けることが出来なくなってしまったのでした。

 

 

これは、私の勝手な憶測ですが、これが仮に萬田久子さんが子供を出産して帰国した1988年に佐々木力さんが購入した「目黒」の豪邸があった土地と同一の土地だと仮定すると、

 

 

萬田久子さんにとっては20年以上も暮らした土地であり、家族や夫婦としての思い出のほとんどが詰まった土地だったということになります。

 

なかなか
これだけでも
しんどい結論です。

 

◆佐々木力氏の遺産相続は『女性自身』のいうように愛人の子供(娘)が最も優遇される結果となったのか?本当はほぼ土地価値は等分では?

 

結局、佐々木力さんの遺産(自由が丘の土地200坪と金銭)については次のような相続が行われたと『女性自身』は伝えました。

 

<前妻の子供>
(娘①):39坪+2億3000万円
(娘②):39坪+2億3000万円
(息子):29坪+1億7000万円

<萬田久子の子供>
(息子):33坪+2億円

<愛人の子供>
(娘):60坪+3億6000万円

 

報道では、数字だけを勘案して、愛人の子供が大きく優遇されているという内容でした。

 

けれども、佐々木力さんの自由が丘の土地を改めてみてみると、とても複雑な形をしており、私が思うに、土地に関してだけ言えば、面積とは関係なく、比較的平等な分配がされたのではないかという印象を持ちました(推測)

 

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◆佐々木力さんの自由が丘の土地の相続配分が、子供たちにほぼ平等だと思う理由について

 

面積と接道状況から考えて、土地は赤線の①~⑤のように分けられたのではないかと想像します。(私の推測)※興味がない方は情報が細かいので飛ばしてください(謝)

 

 

 

※あくまで私の推測です。

<前妻の子供>

(娘①):39坪→土地【①】<整形+路線価中>
(娘②):39坪→土地【②】<整形+路線価中>
(息子):29坪→土地【③】<不整型+路線価高>

<萬田久子の子供>
(息子):33坪→土地【④】<不整形+路線価高>

<愛人の子供>
(娘):60坪→土地【⑤】<旗竿地+路線価低>

 

面積だけで考えると愛人の子供の60坪が最も広大ではありますが、路線価の価値で言うと【③.④(息子2人)】→【①.②(前妻の娘)】→【⑤(愛人の子供)】の可能性が高いです。

 

愛人の子供が相続した土地と考えられる【⑤】の坪単価は接道状況土地の形状から、とても低いと考えられます。

【⑤】に関しては、さらに土地の中に通路又は道路分が含まれているために、建物を建てる敷地として使えない部分がありそうです。旗竿地の土地の価値は一般的に周辺に比べて低く、日当たりなどの住環境の意味でも劣ることが多いです。

 

また今度は最も路線価が高いだろうと推定される【③.④(息子2人分)】ですけれども、

こちらに関しては路線価に比例して坪単価は最も高いはずですが、今度は三角形の形をしており、整形ではありませんので、こちらも整形地に比べて土地の評価は下がります。

 

これらを総合してみた時に、『女性自身』が語るように「明らかな不平等」とは言えないのではないか?と私(宅建士)は思いました。

 

相続された金銭についても、土地価格の調整と、愛人の子供の養育費ということを考えると妥当ではないかと思いました。

 

元妻の子供たちも佐々木力さんから養育費を貰って育ったはずですし、萬田久子さんのお子さんもきっとそうでしょう。その子供たちは大人になっているので消費済みという意味での調整ではないかと思いました。

 

 

◆萬田久子は事実婚の元夫・佐々木力氏から全く何も相続しなかったのか?渋谷の4億円中高級マンションは?

 

萬田久子さんは、佐々木力さんの遺産について「結婚していなかったので自分には関係ない」「1円も貰いたくない」と語っていたというお話もありましたけれども、

 

それでは法律上、内縁の妻でしかなかった萬田久子さんは佐々木力さんから全く何も財産をうけられなかったのでしょうか?

 

色々と考えていたところ、私はふと「自由が丘の再築期間の仮住まい用として、キャッシュで購入した4億円の渋谷高級マンションは?」と思い出しました。

 


画像:萬田久子公式Instagram

 

萬田久子さんは都内のマンションに住んでいるというお話があります。これが渋谷のマンションであるかどうかは分かりませんが、佐々木力さんは国内外にも別荘があったと言われており、「自由が丘の土地」だけが財産ではなかったと考えられます。

 

また、前妻の子供たちは佐々木力さんの入院期間中にお見舞いに来たり、萬田久子さんとも交流をしてきていたりと関係が良好であることが伺えます。萬田久子さんは佐々木力さんが亡くなった後も、前妻の子供たちと交流していきたいという気持ちを持っていることも語られていました。

 

そうしたことが実現していることから、前妻や子供たちに関わる「財産」について、萬田久子さんはこれまでほとんど関与して来なかったのだろうということが伺えます。

また、前妻との離婚後も、彼ら前妻家族が暮らした家は離婚に際して妻へ財産分与されていたのではないか?と考えるのが妥当です。

 

これらのことを総合して考えると、佐々木力さんのここまでのエピソードからして、萬田久子さんにだけ何も残さないとは非常に考えにくいのではないかと思いました。

 

また、萬田久子さんにとっては「自由が丘」という土地も、佐々木力さんという伴侶と二人で暮らすための土地であった訳で、伴侶が旅立った今、自分がそこで暮らすことに執着する意味などないと思われたのかもしれません。

 

更地のままとなったその土地を佐々木力さんの子供たちに受け渡すことを快諾したという姿は、なかなか立派なことだと思います。そして、そんな萬田久子さんに対して、前妻のご家族が何も配慮しないという事も考えにくいのではないかと思いました。

 

でも、萬田久子さんには最も価値ある宝である、『思い出の時間』を誰よりも受け取ったのは自分なのだという想いもそこにはあったかもしれません。

 

 

◆2018年(年齢60歳)萬田久子が著書『The Age Is Just A Number』を出版。「人生はオセロみたい」と事実婚夫・リッキーについて語る。

 

2018年3月、60歳の還暦目前にして萬田久子さんは『The Age Is Just A Number』(年齢なんてタダの数字)という著書を出版されました。

 


画像:TBSラジオ

 

出版に際して萬田久子さんはラジオ出演もされており、そこで2011年に他界した事実婚の旦那・リッキーこと佐々木力さんのお話もされました。

 

60歳ほぼ還暦に合わせての出版は、60歳で人生を終えたパートナーと同い年になった萬田久子さんの記念でもあったのかもしれません。ここからは彼よりも年上になっていく自分が始まるという、ひとつの転機でもありました。

 

そして、これまでの自身の半生を振り返り、萬田久子さんはこのような印象的な言葉を残されています。

 

人生はオセロみたい。

 

いろいろなことがあっても、ぱっと白を取ると全部白に変わるなあって。いろんなことがあるじゃないですか、悲しいこととか・・・。でもちょっとしたことで全部白に変わる。
引用元:TBSラジオ『コシノジュンコ MASACA』2018年4月29日放送

 


画像:amazon

 

萬田久子さんの人生に、色々な意味でオセロのようにひっくり返すような出来事やジェットコースターのようなドラマをもたらしてくれた人、それが最愛の人、リッキーだったようです。

 

佐々木力さんの葬儀で萬田久子さんは「笑顔が好きだった彼のために」と喪主として気丈に振る舞いながらも、やはりまだこらえきれない深く大きな悲しみがあった様子でした。

 

夢であって欲しいと祈りながら過ごしてきました。
喪主のあいさつも、映画のワンシーンであってほしいと思う自分がいます

 

それでも、萬田久子さんは事実婚という形で通したふたりの「結婚生活」について、「あなたと出会ってありがとうと言いたい」と天国へ向かって述べています。

 

チャコちゃん、
次もまた迎えに行くよ。

 

佐々木力さんも天国から叫んでいるのかもしれません。

 

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