西川史子の子供時代に父親の医者への家訓と母親の溺愛スパルタ教育

◆昔・若い頃・子供時代・親・兄弟

今回は、女性医者タレントとして有名な西川史子さんの華麗なる「医者の家系」での幼少期から子供時代、医師試験に合格するまでの生い立ちや、同じく医者である父親の「医者至上主義」のスパルタ教育方針と母親の金銭に糸目をつけない溺愛状況についても他とは違う女性、母親目線で考察してみました。

西川史子さんの少女時代は、医者を目指す箱入り娘として、この世に何も手に入らないものはない若年期だったようです。

◆西川史子の幼少期~子供時代、医者になるまでの西川家での生い立ちとプロフィール!出身は?兄弟は?画像

 

まずは医者タレントの西川史子さんが「お医者さん」となるまでの生い立ちや経歴を子供時代から追っていきたいと思います。

 


画像:matome.naver.jp

 

神奈川県
相模原市出身!

 

女医タレントの西川史子さんは1971年4月5日生まれで、2020年には49歳となります。学年でもトップクラスの早生まれという事で、西川史子さんはとても早熟で何よりも口達者の負けず嫌いとして育ったそうです。

 

口達者は
離婚原因にも
つながることに(;’∀’)

 

西川史子さんは両親のもとに生まれた第二子の長女であり、兄弟は上にお兄さんがいます。

 

神奈川県相模原市南区の出身です。現在でも相模原市には父親の病院がありますので、ご実家はまだ相模原市にあるようです。

 


画像:wendy-net.com

 

かわいいw

 

けれども幼少期にはまだ開業医ではなかった父親の勤務先の影響で、西川史子さんは祖父母の自宅である東京都文京区に居住していたようです。

 

文京区は教育に力を入れている「文教地区」に指定されている地域が多いので、子供の教育環境を考えての事だったかもしれません。

 

 

◆西川史子の父親・西川英樹さんは整形外科医!一族「医者」家系の箱入り娘という子供時代からの家訓とお金に糸目をつけないスパルタ教育と生い立ち画像

 

幼少期の西川史子さんは、生まれながらに一族「医者」という華麗なる一族に生まれ、大変厳しいスパルタな父親・西川英樹さんの元、「箱入り娘」として育てられたとご自身で語っています。

 

子供時代から
医者になれと言われて育つ。

 


画像:wendy-net.com

 

父親からは子供時代から常に「医者になれ」と言われて、娘の西川史子さんは育ったようで、他への興味を抱いても医者になるように気持ちが向くように仕向けられて育ったということです。

 

医者至上主義。
権威主義のスパルタ教育。

 

「医者は定年もないし、人に頭を下げることもない。一生食いっぱぐれもない。だから、医者になれ」と、ずっとそんな感じなんです。

その上「知識とお金だけはお前を裏切らない」と言われると、やっぱり勉強するしかないんだと思いこむ。

引用元:https://www.wendy-net.com/nw/person/209.html

 

知識とお金だけは
裏切らない。

 

西川史子さんの父親である西川英樹さんは前述のように現在相模原で開業医として『西川整形外科』を開いていますが、元々大学は日本医科大学医学部の卒業だそうです。専門は「整形外科医」です。

 

ココから特殊でご両親の奇抜な教育が続きますけれども、現在の日本社会で「女の子」でも通用する人生と経済的に自立した人生をつくる道へ娘をきちんと促すことが出来たご両親はやっぱり立派なのではないかと同じ「女の子」の親として私は思ったりもします。

 

西川史子さんの実家の西川整形外科医院の場所や勤務先のクリニックの場所どこ?はこちら↓

医師・西川史子の勤務先病院・クリニック実家医院どこ?名医の習慣
医師の西川史子さんの勤務先病院やクリニック、実家の「西川整形外科医院」の場所や評判について調べました。また、名医の習慣に抜擢されたクレソンの健康法について、ドラマ『白い巨塔』へのドクターとしてのコメントについても調べました。

 

 

◆西川家の父親の家訓①「お金は湧いて出てくる」と言って、教育費のお金に糸目をつけないが、「医者になることが義務」と子供時代から課された。

 

西川家の父親の家訓その①として「お金は湧いて出てくる」というものがありました。

 

父親の家訓①
お金は湧いて出てくる

 

おそらくその意味として、「医者になりさえすれば」という前提があったのだと思われます。医者家系の超エリートとして育ったお嬢様の西川史子さんにとって、お金があるのは当然のことで、「お金に困る」ということとは全く縁のない子供時代だったようです。

 

経済的に恵まれた
子供時代。

 


画像:『金スマ』

 

医者になれば
お金は湧いてくる!

 

そう言われて育った西川史子さんは、子供時代から医者になるしか、自分の未来はないという考えで育ち、娘に医者になって欲しい父親もまた、西川史子さんの教育のためであれば、お金に糸目をつけず、全教科について家庭教師をつけるなど、教育費に膨大なお金をかけてくれたそうです。

 

医者になる
というのが義務だった。

 

◆医者家系 西川家の父親の家訓②「99.9%はお金とコネで解決できる」何でも手に入る子供時代

 

西川家の父親の家訓その②として「99.9%はお金とコネで解決できる」というものがありました。西川史子さんは、子供時代から親のいうことを聞きさえすれば、欲しいものは何でもお金で手に入れることが出来る豊かな生活でした。

 


画像:http://medaka.tokyo/

 

父親の家訓②
99.9%はお金とコネで解決できる

 

強い父親のワンマンな格言かと思いきや、似たようなものが同じく西川家の家訓である母親の8か条にもありました。

 

家訓-母親の8か条その①
使えるコネはどんどん使え
家訓-母親の8か条その②
上からえこひいきされる存在になれ

 

これも「社会的強者」になるための教育と言えるのかもしれませんが、西川史子さんは母親から「ひいきされる人間にどんどんなりなさい。」と言われて育ったとご本人が語っています。

 

この母親の言葉は一見、理解しがたい印象も出てくるわけですが、この言葉には「あなたは女性だから」という意味も背景にはあったのかもしれないな、と私は感じました。

 


画像:西川史子公式Instagram

 

女の子だから。

 

女性は近年でも医学部の入試で明らかな女性差別が発覚したように、元々男性に比べ普通にしていたら正当に評価されることはないという古くから日本にある現実問題からのアドバイスだったとも言えそうです。

 


画像:twitter

 

社会的立場を築くまでは「女の子なのだから」生き残りにかけて、あらゆるものを味方にして生きて行きなさいという母親の本気の愛情なのだと思います。(とはいえ、なかなか子供の教育として取り扱うには勇気のいる内容ではあります(笑))

 

 

◆西川史子の母親は「生き残れる女性」として世の中の裏側も現実ベースで娘に教育したエピソード

 

西川史子さんの母親は娘におとぎ話を聴かせておっとりと育てる気はなかったようです。女性として生き残るのはそんなに甘くはない!という先ほどの「女の子なのだから」という推測の裏付けとなるような女性としての厳しい人生経験が背景にあったことを伺わせるエピソードがありました。

 


画像:https://www.wendy-net.com

 

母には
世の中の裏側も教わった。

 

もし「お父さんとお母さんとどっちが好き?」って聞かれたら、「お父さまとおじいちゃまを尊敬してると言いなさい。そうすれば、家の中がうまく回るんだから」
引用元:https://www.wendy-net.com

 

人はこうやって
嘘を覚えていくんだ

 

西川史子さんは母からそう言われたことに対して、とても大きな違和感を感じたようでしたが(子供としては感じるのが当然だとも思いますけれども)、

大人になってからもそこに対してそれ以上の感度が無いという事からすると、あまりそれまで女性として社会でも女性が「劣等の性」だと痛感するような体験が無かったという事でもある気がします。

 

そういう意味では、西川史子さんは、逆に言えば、母親のこうした指導スパルタ教育で医者になったことによって、社会で性別による不公平感や差別を受けることから守られたのかもしれないな、とも私は感じました。

 

たとえ悪者になっても
娘を守る

 

私も、実際、女の子の母親なので、できる事なら夢を見させて」育ててあげたい気持ちは山々でしたが、自分が若年期に社会や男性でたくさん「女の子」として転んだ分、娘に幼少期からディズニーランドでお姫様の格好をさせる気にはどうしてもなれませんでした。

 

娘は着たそうだったんですけどね(;’∀’)

 

自分がもしお姫様だと勘違いして育ってしまったら、娘の人生には「失望」と「余計な苦労」、それによる「悲しみ」が増えるだろうと思ったからです。でも、子供にお姫様の恰好をさせてあげられたら、親としては嬉しいんだろうなあと心の奥底では羨ましい気持ちもあったりしました。

 

 

◆医者家系 西川家の父親の家訓③「医学部以外に行くなら経済封鎖をする」とお金で脅迫

 

医学部に行くしか
道はなかった。

 

父親の家訓③
医学部以外へ行くなら経済封鎖する

 


画像:twitter

 

そう、西川史子さんも言うように、医者にならなければ、勉強が出来なければ人生が無意味だとでもいうようなスパルタ教育洗脳を子供時代は両親によってされていました。

 

家訓-母親の8か条その③
勉強ができないのは恥ずかしいことだと思え

 

「医学部以外に行くのであれば、経済封鎖をする」、と父親からも宣告されており、そのため親のお金ですべての暮らしが充実したものとなっていた西川史子さんにとって、医学部に行けない事は=「死」を意味するようなものだったと考えられます。

 

本当に、医者になれてよかったね・・・としか言いようがありません。これで医者になれなかった時の子供への破壊力はハンパない大きさだったに違いありません。

 

◆西川史子の母親・西川令子さんは娘に「医者になる意識」をお金を与えることでコントロールし溺愛して家訓8か条スパルタ教育!娘の恋愛にも「保険」の意識を与えた方針!

 

西川史子さんの母親・西川令子さんは医者である西川英樹さんとのご結婚にあたり、大学の研究職を一切やめていました。そしてそれこそ「家内」となり専業主婦として二人のお子さんを産み育てたという家族の背景がありました。

 


画像:西川史子Instagram

 

また、父親とは対照的に、娘を溺愛スパルタ教育する母親・西川令子さんの役割としては、西川史子さんを必ず医者にするため、特に「気持ちや意識」を医者になる将来へ集中させるという意味で、父親以上に威力を発揮して育てていたと考えられます。

 

 

◆医者タレント・西川史子の有名なお金に関する名言「年収4,000万以上」も実は母親家の家訓からの言葉だった!教養のある令嬢に教育するための子供時代の習い事

 

衝撃的事実としては、医者タレント・西川史子さんが若い頃にヒンシュクを買って大炎上まで起こした名言ともなっている「結婚相手は年収4,000万以上」という言葉は、実は西川史子さんの母親・西川令子さん、さらにはその父親である祖父の言葉だったというのです。

 

母の家系の家訓
「結婚相手は年収4000万円以上」

 


画像:wendy-net.com

 

医者になって
くれさえすればいい。

 

西川史子さんが成長し、反発する時期にも「医者になってくれさえすればいい」という母の願いは強く、それを叶えるべく娘の西川史子さんは勉強に励んでいたようです。

 

家訓-母親の8か条その④
集合写真は必ず中心に映ること
家訓-母親の8か条その⑤
体育の時間は全力を出さずに勉強のために体力を温存しろ
家訓-母親の8か条その⑥
図工・家庭科などの提出物は外注でプロに頼めばよい

 

西川史子さんの学習には小学校の頃から家庭教師がつき、箱入りの令嬢として教養を身に付ける為、ピアノ、そろばん、日本舞踊、書道といった習い事も子供時代からやっていたそうです。

 

 

◆西川史子の兄が医者にならなかった理由に、母親の判断

 

なぜ、そこまでの熱意があるのに、長男である兄を医者に育てず、妹である娘の西川史子さんだったのか?ということが疑問として挙がるわけですが、

 

西川史子さんは「兄は優しすぎた」と表現しています。

 


画像:wendy-net.com

 

小さい頃から勝気で負けん気の強い完璧主義者の西川史子さんに比べ、兄は「そうではなかった」という意味かもしれませんが、これだけ「医者至上主義」の一家で長男である兄がその道から外れるというのは、家庭内で相当厳しい生き方を強いられたのではないかと想像できます。

 

一方、妹・西川史子さんは年下ながら、どこかの時点で兄が医者にならないかもしれないという気持ちを抱いていたのではないか?と感じます。それを「兄は優しすぎた」と表現する西川史子さんにも、兄に対する特別な想いがあるように思えます。

 

お兄さんを
「医者に向かない」と
判断したのも母親だった。

 

 

また、西川史子さんの母親もまた、「若い頃の夢を捨てて、結婚し、医者の嫁として生きる人生の選択をした人」だったようです。

 

西川は母親について「一時は劇団に入り、映画にも出ています」と述べた。女優のタマゴだった西川の母だが、医師である夫と結婚し、姑に跡継ぎを医師にするのが長男の嫁の務めだとプレッシャーをかけられたそうだ。

引用元:『exciteニュース』2017年6月15日

 

ですから、西川史子さんにとって、医者になることは兄のプレッシャーと母のプレッシャーが背中に乗っていたのでした。

 

医者への道は
母との闘いでもあった。

 

母は私を医者にすることが自分の役目だと心から信じ、そのためにすべてのエネルギーを注ぎこんできたのですが、私にとっては、医者への道は母との闘いでもあったのです。

引用元:https://www.wendy-net.com/nw/person/209.html

 

もし子供が二人とも医者にならなければ、両親が失望してしまうと分かっていた西川史子さんは、兄の分も自分がという気持ちがあったのかもしれません。優しすぎたのはもしかすると、西川史子さん自身だったかも(?)しれません。

 

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