西川史子若い頃の高飛車女医キャラ全盛期とミス日本恋のから騒ぎ画像

◆人物

◆1999年(年齢28歳)若い頃出演の『恋のから騒ぎ』3期生を卒業後、本業と高飛車な女医タレントの二足のわらじ時代スタートで傲慢発言が加速!芸能事務所ホリプロ所属へ画像

 

『恋のから騒ぎ』時代に美人女医としての本業スタートを切っていた西川史子さんでしたが、番組卒業後もその独特のキャラクターが注目され、芸能界でタレントとして活躍を続けることとなりました。

 


画像:https://neo-blog.com/nishikawa-2780

 

最初は株式会社セント・フォースに所属していましたが、1999年、西川史子さんの年齢が28歳の時には株式会社ホリプロに移籍することになり、その後、「女医タレント」として最前線での活躍をされています。

 

最初は
趣味という感覚だった。

 

西川史子さんの本業・医師としての勤務先クリニック実家の整形外科医院はこちら

 

若い頃に出演していた、素人の集まりという前提のトークバラエティだった『恋のから騒ぎ』と異なり、今度は「芸能人」いわば「プロ」としての出演となりました。タレントの西川史子さん自身も当初は本業である美人女医としての仕事の合間の趣味程度に考えていたようでしたが、

 

元々、真面目で頭のいい女性だった西川史子さんとしては、報酬を貰う以上、求められている仕事や役割に対してきちんと応えていきたいという気持ちがより一層大きくなったのではないかと推測されます。

 


画像:oricon

 

求められているのは、
強気でゴーマンな
高飛車・女医タレントとしての振る舞い

 

当時の気持ちを、西川史子さんも後にトークイベントで語っていました。

 

求められていたら、応えなければと思うようになった。人が言わないようなことを積極的に言って、見られたイメージを貫こう、期待されたキャラクターについて行こうと思った。
引用元:KUDEN西川史子トークイベント

 

こうしたサービス精神旺盛な女医タレント西川史子さんが若い頃から積極的にキャラを演じていくことになった「傲慢・高飛車・女医タレント」としての代表的な言葉がいくつかあります。

 

 

◆「結婚相手に求めるのは年収4000万以上」/美人女医タレント・西川史子の若い頃の高飛車発言①

 

美人女医タレント西川史子さんの数々の高飛車発言の中でも、最も有名になったのは次の言葉だったと思います。

 


画像:eltha

 

結婚相手は年収4000満以上

 

これは元々、西川史子さんが育った医者の家系独自の「お金の価値観」「教育方針」にも影響を受けているものだったようで、のちに出版されることとなった著作『年収4000万円にこだわる理由わけにもこのように書かれています。

 

「今でも『お金を稼げないやつ=バカ』だと思っているところがある」
「誰だって、自分が『バカかもしれない』と思う男と結婚したいとは思わないだろう」
引用元:西川史子著『年収4000万にこだわる理由』

 

この発言によって様々なところからのバッシング大炎上もあり、かえって結婚相手募集中の女医タレント西川史子さんの結婚が遠のいた可能性もありました。

 

 

年齢が30代後半
になっても未婚だった。

 

その後は「独身・負け犬キャラ」として新しいイメージで活動されていた時期もあり、最終的には自身の結婚が現実味を帯びてきたころに、「大事なものはお金では買えないと思った」と発言を撤回しています。

 

 

◆「99.9%のことはお金で解決できる」/美人女医・西川史子の若い頃の傲慢発言②

 

美人女医タレント・西川史子さんの若い頃のお金にまつわる別の発言としては、こんなものもありました。

 

 

99.9%のことはお金で解決できる

 

こちらも調べてみると西川史子さんが幼少期から育った「西川家」の父親の家訓としてあったもので、正確には西川史子さんが発信元ではないことが分かっています。

 

しかし、その家訓の元で育った女医の西川史子さんも、この発言を公でした当時は本当にそうだと信じて止まなかったようです。

 

 

◆2007年(年齢36歳)著書「年収4000万以上にこだわる理由」の発売/女医タレント・西川史子のゴーマン発言

 

2007年10月、年齢が36歳になる頃になると、高飛車女医タレントとして西川史子さんが当初から発言して、バッシングも浴びていた発言をタイトルにした「年収4000万円にこだわる理由わけという本を出版しています。

 


画像:小学館

 

本の中では、これまで若い頃から批判を浴びた、西川史子さんのお金に関する発言も含めて、いつも自分で納得している言葉を口にしているので「テレビ用」であるとか、本気ではないと言うつもりはない、ということやかといって、わざわざ悪役を演じる気もないという事が語られていました。

 

西川史子の
女性ファンが増加

 

そして、この本の中で語られたことは、多くの女性からの共感を多く得られたようです。これまで発言することがタブーのように思われていたことを、誰に遠慮することもなく包み隠さず本音で真正面から語る、女医タレントの西川史子さんの姿に、勇敢さのようなものを感じたのかもしれません。

 


画像:エルペディア

 

男性からは
苦い顔されていたけどw

 

◆女医・西川史子の、若い頃の高飛車暴走発言が女性に支持されたわけ

 

どんどん過激化していく若い頃の西川史子さんのド直球の発言は、当時の女性たちに一種の爽快感のようなものを与え、徐々に毒舌女医タレント西川史子さんには女性のファンがじわじわと付いて行くことになります。

 


画像:news.mynavi.jp

 

もともと女性は全般、しらじらしい綺麗ごとしか言わないブリッコが一番キライという特性があるからとも言えそうです。

 

そういう意味では西川史子さんは若い頃から女性を信用したことはないと発言するなど、女友達女性からの支持は少なかったような自己認識でいるようでしたけれども、

 

もともと女性から最も嫌われるタイプの性質とは程遠く、もし悪意を抱かれるシーンがあったとするとその大半は「嫉妬」であり「=ブス」、だからこそ「ブスは~」の発言に繋がると西川史子さんが判断していたというのもとても理解できる気がします。

 

心のブスに牙をむいていた
(多分w)

 

 

けれども、この当時の「本気で思っていた発言」の数々に関しても、西川史子さんはその後、猛省しています。

 

言わなくていいことを言っていたら、みんなが食いついて反応してくれることがあって、もう少し行ってみようかな、となってしまっていた。
引用元:KUDEN西川史子トークイベント

 

思っていたこと
については否定ナシw

 

いつも若い頃から本音をストレートに発言していた西川史子さんでしたが、その裏には西川史子さんの中にある真面目さサービス精神のようなものが知らず知らずのうちに常に取り巻いていたことを感じるなというのが私の印象です。

 

◆2007年(年齢36歳)年末『笑ってはいけない』の病院ステージで芸能界の美人女医タレント・西川史子先生が毒舌で降臨!若い頃の全盛期 画像

 

西川史子さんが著書「年収4000万円にこだわる理由わけを出版された年の年末にはお笑いタレントのダウンタウンをはじめとしたガキの使メンバーによる年末恒例の『絶対に笑ってはいけない』シリーズに美人監察医役で出演されています。

 


画像:http://blog.livedoor.jp/k_sfv8539/archives/51189561.html

 

36歳という年齢でも
若くてきれいw

 

女医タレント・西川史子さんが登場した回は2007年『絶対に笑ってはいけない警察24時』という高飛車キャラ全盛期の伝説回であり、まだ結婚する約2年前の独身時代のキラッキラの西川史子さんがそこには居ました。

 

かわいいー!
大好きだ(笑)。

 

 

その回のテーマとしては、罰ゲームを受けるガキ使メンバー(浜田、遠藤、山崎)が警察官として学ぶ中、女医タレントの西川史子さん扮する監察医が登場し、大沼D、温水洋一さん、中村Pの扮する死体に次々とスリッパをパコンパコン叩きながら超ドSな講義を行い、メンバーの笑いと罰ゲームを誘ったことで話題となりました。

 

 

非公開シーンとして浜田雅功さんと西川史子さんの若い頃のドライブトークでは、当時、結婚相手を必死で探す闘女としての素敵な武勇伝も公開されていました。

 

 

◆西川史子の若い頃は合コン年間300試合という全盛期の武勇伝

 

女医タレント・西川史子は結婚相手を探すために数の暴力で闘い続けていた(笑)

 

年間300試合を
闘い抜いた過去(笑)

 

 

東京では
2周目に突入。

 

なんと、美人女医タレントの西川史子さんは、年間300試合(合コン)まで闘い抜いていた時期があり2007年『絶対に笑ってはいけない警察24時』の頃になると、合コンに6人男性が来ていたら3人は知っているという「2周目感」が出てきてしまったという話をされています。

 

それからは、徐々にあまり合コンには行かなくなってしまったというお話をされていました。

 

東京は
見尽くした感があって。

 

浜田雅功さんと小川菜摘さんの若い頃からのお話はこちら

 

懐かしい!この大好きな高飛車な空気感(笑)。ちょうどこの頃の西川史子さんが、ゴーマンな美人女医タレントのキメ台詞として「年収4000万円」を掲げていた若い頃の全盛期となっています。30代後半を迎え、徐々にそのセリフもトーンダウンしていくこととなりました。

 

◆2009年(年齢38歳)高飛車女医タレント・西川史子先生がとうとう婚約!画像

 

ところが、2009年西川史子さんの年齢が38歳となった年に、10年来の友人関係から交際に至ったお相手との婚約を発表します。

 

 

婚約指輪をして
番組出演も!

 

西川史子さんの個性的なブランドの結婚指輪はこちら

 

この頃のことを、私もよく記憶しているのですが、とにかく内側からしあわせの花が咲き誇って、はなびらがほころんでいるかのような、本当に幸福感に満ち溢れた西川史子さんの姿がそこにはありました。

 

 

実際、この時期までに、西川史子さんは美人女医タレントとしての芸能界でのポジションを確保し大人気となったことから何年間も休みが無い状況が続き、「この生活から逃れるには結婚しかない」とも思っていたそうです。

 

この結婚で私は
すべてを手に入れて
私は幸せになれる!

 

若い頃の西川史子さんはそう信じて止まなかったようです。

私自身もそうでしたが、「結婚」というものに対しての夢や憧れだけを抱いて「純粋無垢なまま」大人になってしまった西川史子さんがここには居たのだと思います。そこに「傲慢な美人女医タレント」の姿は跡形もなく消え去っていきました。

 


画像:http://trendnewswalker.seesaa.net/

 

実は、誰よりも
純粋無垢だった
西川史子。

 

テレビでの発言を表面的に見ている限りでは若い頃の西川史子さんは当時かなり挑発的かつ攻撃性の強い発言が多い印象でしたけれども、結局のところ、芯の部分ではその宝物のように大切にしてきた「純粋性」によって、自身が求められ、築き上げてきた高飛車キャラクターに潰されてしまうという事になります。

 


画像:Amazon

 

正直、私としては若い頃の自分自身の苦い記憶とかなり重なる部分があり、だからこそ、あの当時のゴーマン女医キャラクター時代から、どこか西川史子さんの「毒素の強い発言」に対しても真正直で臆病で恥ずかしがり屋という「純粋性の反射」のように受け取ることが出来ていたのかもしれないなと感じます。

 

真正直で臆病で
恥ずかしがり屋

 

 

◆女の子にありがちな若い頃の「おとぎの国」思想は地獄への入り口なのか?

 

女の子は結婚に
夢や憧れを抱かせて
育てちゃいけない!?

 

また、現在娘を育てる私の立場として、子供には結婚に対して憧れを持ったまま成長させてあげたいという「親のエゴ」のようなものも実際あるわけで、そうは言ってもこうした現実を知ると、どこまでどんな風に女の子を育ててあげたら、子供を幸福へ導いてあげられるのか?という事を改めて考えさせられるテーマでもありました。

 

 

おとぎの国は
地獄への入り口かもしれない・・・。

 

ここから、西川史子さんは結婚後に人生最大の大転倒を起こし、そこから長く「再起への死闘」の時間を過ごすことになります。

 

ほんとうに
立ち上がるのは
血を吐くような死闘w

 

けれども、その最もツラい経験こそが西川史子さんを一層、奥行きある豊かな女性へと導いていくことにもなります。そう思うと、若い頃に心に抱いていたという

 

「あー、私って何でもうまくいくんだなあ。」

 

という言葉だけは、真理だったのだとも言えそうです。

 

私たちには
「幸せになれ」と
囁き続ける
神さまが
いつも傍についている。

きっとそう。

 

西川史子さんと元旦那・福本亜細亜さんの離婚原因や理由に関してはこちら↓

西川史子と元旦那・福本亜細亜の結婚離婚理由と原因、再起への死闘
西川史子さんと元旦那さんの福本亜細亜さんの結婚までの経緯と離婚原因や理由、人生最初で最大の挫折となった別れからの哀しみや苦しみの経験とそこからの再起までの死闘について、離婚経験者の妻の立場からその心理や背景について考察しました。

コメント


Warning: Use of undefined constant ADSENSE_SCRIPT_CODE - assumed 'ADSENSE_SCRIPT_CODE' (this will throw an Error in a future version of PHP) in /home/kira3/orionfdn.org/public_html/wp-content/themes/cocoon-child-master/tmp/footer-javascript.php on line 17
ADSENSE_SCRIPT_CODE
タイトルとURLをコピーしました