落合博満の嫁・落合信子若い頃ホステス~結婚後の高齢出産と恐妻名言伝説

◆結婚・夫婦

◆2003年10月(年齢59歳)落合信子さんの夫 落合博満のセカンドステージ!ファンに感動を与えるオレ流・中日ドラゴンズ伝説の監督へ 荒木雅博選手インタビュー

 

2003年10月、落合博満さんは49歳で中日ドラゴンズの監督へ就任します。

 


画像:2004年中日ドラゴンズ

 

チーム、選手の信頼し、
能力の底上げして強くする。

落合博満監督はこの年に大きな改革をします。

補強ナシ「1人10%アップで勝てる」
コーチの固定「3年間は変えない」
トスバッティングの禁止「ボールは横から来ない」
背番号の変更「ポジションにあった番号に」
ユニフォームを一新

 

「一芸を磨け」

 


画像:2004年荒木選手インタビュー

 

前年スランプだった荒木雅博選手。

 

2004年、前シーズンにスランプに陥っていた若い頃の荒木雅博選手は得意なはずの守備でエラーを連発し、自分に対する自信を失ってしまっていました。

さらに、そうした悪いイメージを引きずることで緊張感から思うように体が動かず、荒木雅博選手は悪循環に陥っていました。試合中も球が自分の所に来るのが怖いという気持ちを持つ状況にも陥っていたそうです。

 


画像:2004年荒木選手インタビュー

 

そこで合宿では荒木雅博選手は落合博満監督に毎日1時間の居残りとノックを志願。

そこから守備を
徹底的に見直し強化。

 

諦めずに
そこに取りに行けば
取れるという感覚を取り戻すことに。

 

さらにもう一つ、荒木雅博選手はバッティングが5月に入っても二割五分前後と伸び悩んでいました。このままではレギュラーから外されてしまうと、荒木雅博選手も危機感を持っていたところ、落合博満監督が声をかけてくれたそうです。

 


画像:2004年荒木選手インタビュー

 

「おまえは絶対変えない。」

 

その時のことを荒木雅博選手もこのように語っています。

 

調子がいい時に「おまえはずっと変えないよ」って言われるのであれば分かりますけど、悪い時に「おまえは変えない。」って言われたんで、ほんとにいいのかな、って自分でも思いましたね・・・。
引用元:2004年荒木選手インタビュー

 

信頼して
使い続けてくれる監督に
何とか報いたい。

 


画像:2004年荒木選手インタビュー

 

途中で失敗をして少し気後れした時には、落合博満監督

「もっと、どんどんいっていいよ。」
「失敗してもいいから、いってくれ。」

と声をかけてくれていたそうです。そして、失敗してもいいならと、どんどん前へ前へ行くようになったことで一層、荒木雅博選手は試合を重ねるごとに自分への自信を深めていったそうです。

 


画像:2004年荒木選手インタビュー

 

前年の悪いイメージを振り切り、自信を取り戻していった6月には、

荒木雅博選手はプロ9年目にして初めてのサヨナラヒットを達成。

 

監督就任一年目
中日ドラゴンズはリーグ優勝へ。

 


画像:2004年荒木選手インタビュー

 

何よりも、選手たちがここまでよく耐えて闘ってくれたと思います。選手にホント私は頭下がります。あの、やったのは選手ですから、選手を褒めてやってください。
引用元:2004年リーグ優勝時の落合博満監督コメント

 

シーズン中の荒木雅博選手の口から出た言葉は、最初とはまるで違っていました。

 


画像:2004年荒木選手インタビュー

 

自分はいい内野手なんだ。
信じて思い込めば
いいプレイが出来る。

 

僕のところに来てくれれば、アウトできるよっていう感じで守れてるんで、すごく気持ちの変化が一番大きいと思います。自分はもう、凄いいい内野手なんだって。思い込めば思い込むほど、いい球を投げるし、いいプレイができるし。
引用元:2004年荒木選手インタビュー

 

名将・落合博満の誕生でした。

 


画像:2004年中日ドラゴンズ

 

この、落合博満監督と荒木雅博選手のお話ですが、よく考えると、年俸360万円の選手だった1979年の落合博満さんが若い頃から歩んできた道と同じような展開のように感じます。

 


画像:twitter

 

才能のある貴方が
なぜ年俸360万円なの?

 

 

◆「オレ流采配」中日ドラゴンズ落合博満監督の誕生の裏にも総監督・落合信子さんのGO!向いていると判断する伝説エピソードと理由があった!

 

そんな落合博満監督の誕生秘話にもやはり、総監督・落合信子さんの微笑ましいエピソードがありました。落合信子夫人はある時、夫の落合博満さんの様子を見て「監督に向いている」と直感的に思ったそうです。

 


画像:http://2chart.fc2web.com/nobuko.html

 

それは、落合博満さんが、「馬に指を噛まれても全く動じなかったシーン」だったそうです(笑)そして、2003年のシーズン後に中日ドラゴンズの球団社長から落合博満さんに監督就任要請の電話があった際は、電話口の落合博満さんの目の前で、カンペのような紙を差し出し「GOサイン」を出していたそうです。

 

 

総監督からGOサイン!

 

落合博満監督自身もこう語っています。

 

奥さんがあそこでバツを出していたらやってない。

 

そして、これまでの数々の若い頃の重要な局面でも、全てを引っ張って決めてきてくれたのは妻・落合信子夫人だったという事も語っていました。

 

「あなたなら出来る」
と常に旦那を鼓舞し続けてきた妻・落合信子

 


画像:http://blog.livedoor.jp/nanjstu/archives/46250059.html

 

ほんとうの敵は
弱い心の自分だけ。

 

◆プロ野球史に残る若い頃の伝説の死闘!1994年10.8決戦で「アンタ負けに行くの。何が天下の落合よ」と巨人・落合博満の弱い心に往復ビンタ /鬼嫁・落合信子夫人のどこまでも最強名言エピソード

 

落合信子夫人の名言の中でも、とても印象的なもののひとつに1994年「10.8決戦」と言われる落合博満選手の現役時代における特別な局面での名言があります。この年、落合博満さんはFAで巨人の選手として加入していました。

 


画像:exciteニュース

 

巨人軍には打線として落合博満の他に、松井秀喜選手、原辰徳選手がおり、投手も桑田真澄選手、齋藤雅樹選手、槙原寛己選手の先発三本柱に、橋本清選手・石毛博史選手という物凄いメンバーが揃っていました。8月の半ば過ぎにはマジック25という独走状態でした。

 

ところがそこから巨人は8月25日より8連敗でマジック消滅という大失速。その間に巨人を猛追したのが9月を11勝3敗で10月20日まで9連勝という絶好調状態できた中日でした。独走状態のはずだった巨人ととうとうゲーム差で並ぶこととなりました。

 


画像:https://www.trendnews-c.com/10-8-baseball-528

 

直接対決の第一戦となった9月28日は1-0で中日が勝利し、共に勝敗が並ぶことになりました。翌日、9月29日に行われるはずだった第二戦で勝利した方が優勝、という事になりました。

 

ところが
9月29日は台風接近により
10月8日へ順延

「勝てば優勝」という決戦へ。

 


画像:https://ameblo.jp/hoseiyakyuubukenkyuu/entry-12533879424.html

 

読売巨人軍への入団に際し、落合博満選手はこのような独特の決意表明をしていました。

 

私が長嶋さんの首を切ったら、末代までの笑い者になる
引用元:https://ameblo.jp/hoseiyakyuubukenkyuu/entry-12533879424.html

 

巨人を優勝させ
必ず長嶋監督を胴上げする!

 


画像:https://ameblo.jp/hoseiyakyuubukenkyuu/entry-12533879424.html

 

ところが、直接対決2戦の頃の心境は、全く別の感覚となっていたようです。そのことを落合博満さんは後年、このように語っています。

 

2試合とも中止になることを願っていた。
引用元:https://www.trendnews-c.com/10-8-baseball-528

 

その当時の巨人側のチーム内の雰囲気も悪く、直接対決第一戦目では中日に勝ちを譲ってしまっていました。第一戦終了時の段階では流れは明らかに中日側にあったという印象です。台風での順延が無かったら負けていただろうと誰もが語っていた試合でした。

 

順延期間に何があったのか??

 

そうした状況下から、落合博満さんは当然、順延となって決戦の為に過ごす時間も、どこか弱気でいたようです。自宅でも弱音を吐く姿がありました。

 


画像:https://www.excite.co.jp/news/article/Shueishapn_20150808_51771/?p=2

 

そんな落合博満さんを見て、妻の落合信子夫人が喝を入れます。

 

今、何て言ったの? アンタ負けに行くの。何が天下の落合よ!

 

 

10.8決戦当日、
落合博満選手は見事、2回に先制ホームランとなる、2ランHRを放ちました。
さらに3回の表にはタイムリーで1点追加!

 


画像:https://www.trendnews-c.com/10-8-baseball-528

 

妻の喝を受け、
大活躍www

 

視聴率もプロ野球中継史上最高

48.8%!

 

 

巨人軍としては27回目のリーグ優勝でした。この1994年「10.8決戦」はもともと順延になるという運や、長嶋監督、各選手がそれぞれドラマを持っていたかとは思いますが、先制ホームランを放った落合博満選手がその1試合にとってとても重要な役目を果たしたのは言うまでもありません。

また、それを実現させたのは落合家の総監督・落合信子夫人の力の影響だったと言えそうです。

 

嫁力で旦那の未来は変わる!

 

 

自分の能力を、
自分より前から圧倒的に信じて
弱気に対し、いつも
目を覚ませとビンタをしながら
ついてきてくれた人

 

それが、悪妻と呼ばれることもあった落合信子夫人の正体だったようです。

 


画像:エルペディア

 

「あなたなら出来る」

 

誰よりもそう信じて言い続けた強妻が、
ひとりの男性の人生を全く別の輝かしいものに変えてしまった物語でした。

 

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