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櫻井よしこは結婚して夫が?氷川神社が自宅?若い頃も美人な画像!母の言葉が素敵すぎる件

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櫻井よしこさんは日本を代表する才色兼備の女性ジャーナリストです。記者、ニュースキャスターを経て、多くの著作を残し、現在もジャーナリストとして活躍されています。政治家を一瞬で震わせる事ができる聡明な女性でありながらも、柔らかく女性らしい温かみとチャーミングなところを残す女性でもあり、このふたつを共存させるとても稀有な存在です。

 

今回はそんな魅力あふれる櫻井よしこさんの若い頃から結婚・自宅・母の介護・最近の活動や裁判について調べました。櫻井よしこさんの信念の強さがどこから来ているのか、美しさの秘密に迫りました。

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◆若い頃から日本を代表する知的女性ジャーナリスト・櫻井よしこさんの正体とは?ツイッターにはダライ・ラマとの対談、新型コロナについてのtwitter動画も

 

櫻井よしこさんと言えば、日本の政策、外交、国防、国家形成、社会問題など、日本国家の根幹にかかわるテーマについて、いつもとてつもない膨大な資料を根拠にジャーナリストとして精度の高い問題提起をし、議論へ持ち込んでいくスタイルに定評があります。

 

政治家であれば最も敵にしたくない女性が櫻井よしこさんであると言っても過言ではないでしょう。

 


画像:「美しい日本の憲法をつくる国民の会」

 

女性政治家の活躍は望まれて久しい状況となっていますが、その活躍の基盤をつくるための後ろ盾を強化する活動において「女性」として足元を見られてしまったり、

 

仮にようやく存在感が出てきても、女性政治家が一般的に気が強い割には脇が甘く(主観です)さらに可愛げもないという3重の映像的に苦しいシーンを抱えて久しい中で、櫻井よしこさんがジャーナリストという立場から凛とした姿や、相手がどんな大物であろうが、ピシャリと論破していく姿勢はどこか清々しさまで感じることがあります。

 

笑顔が素敵な櫻井よしこさん

笑顔が素敵な櫻井よしこさん

画像:https://www.business-plus.net

 

なにしろ、櫻井よしこさんの普段の姿はとってもチャーミング。年齢を重ねても女性らしい柔らかな表情も欠かさない様子には、ついいつもの議論における厳しい表情なんてすっかり忘れさせてくれます。とても知的なのに魅力のある女性です。

 

近年ではこんな方ともお話をされています。

 

 

ダライ・ラマ法王とのインタビュー対談の際には、櫻井よしこさんはダライ・ラマ法王から日本に対してこのような大きな宿題も貰っていました。櫻井よしこさんに託すために準備した言葉ともいえるのかもしれません。

 

さらに核攻撃の対象となった唯一の国であることから、日本が核兵器廃絶運動のリーダーシップを放棄しないようにとの希望を述べられた。

法王は、単に核兵器がないだけでなく一般的に非武装化された世界を築くという目標は、より多くの人が内なる心の武装解除を達成することによって初めて訪れるだろうと述べられて、これこそ日本人の兄弟姉妹が貢献できることであると提言された。

 

kira2
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これはかなり大きな宿題となったのではないかと思います。見ている方向は一緒だと思うからこその言葉でもあるのでしょう。

 

 

 

2020年の新型コロナウィルスに対する政府の立場についても詳しく語ってくださっています。

 

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◆櫻井よしこさんの若い時代のプロフィール!年齢・父親・母親・兄弟は?何者?画像

 

まずは櫻井よしこさんの人物像を知るために、生誕から若い時代のプロフィールや背景を調べてみました。

 


画像:https://www.business-plus.net/special/1404/638001.shtml

 

自分の芯を信頼して
精一杯の働きをしたい

櫻井よしこ

 

櫻井よしこさんは終戦した年に生まれていますので、終戦からの年月と年齢が同じという事になっています。2020年10月で75歳となります。

 

櫻井よしこさんの「芯」、つまり強い信念がどこで構築されていったのか、それは若年期からの境遇や背景に大きなきっかけがあったようです。

 

 

◆出生地はフランス領インドシナ ハノイ、横浜生まれの父親・櫻井清と小千谷市生まれの母親・櫻井以志、兄と共に終戦をベトナムの地で迎えるその頃の情勢は?/櫻井よしこの昔若い頃 画像

 

早速、まずは櫻井よしこさんの簡単なプロフィールをご紹介します。

 


画像:https://www.business-plus.net/special/1404/638101.shtml

 

名前:櫻井よしこ(1994年改名)
本名:櫻井良子(さくらい よしこ)
国籍:日本
生誕地:フランス領インドシナ連邦ハノイ
(現:ベトナム社会主義共和国ハノイ市)
生年月日:1945年10月26日
最終学歴:慶應義塾大学文学部中退、ハワイ大学マノア校歴史学部卒業
職業:ジャーナリスト、ニュースキャスター
肩書:国家基本問題研究所理事長、「21世紀の日本と憲法」有識者懇談会代表、「美しい日本の憲法をつくる国民の会」共同代表、言論テレビ会長

 

櫻井よしこさんは生まれた年が1945年の終戦の年であり、戦後日本の迎えた激動の時代をスタートからご経験をされています。

 


画像:http://takeimitsuko.blog.jp/archives/3114250.html

 

日本国内も大変な惨状と化していた時代でしたが、ベトナムでも1944年に水害による収穫量の激減と、冬の記録的な厳寒により、1945年6月頃に収束するまで「ベトナム飢饉」、8月の「ベトナム八月革命」がでベトナム帝国(阮朝)崩壊、という事柄が立て続けに起こっています。

 

また、 ベトナムの国立歴史博物館(旧革命博物館)には櫻井よしこさんが生まれた1945年10月にハノイにおいて次の写真のような状況があったことを伝えています。

 


画像:https://limings.muragon.com/entry/920.html

 

1945年10月11日、フランス軍と戦うため、ハノイ駅から南ベトナムへと出発するベトナム軍。

 

凄い時代に
凄い所で誕生した

櫻井よしこさん。

 


画像:産経ニュース

 

櫻井よしこさんのご家族が終戦を現在のベトナムのハノイで迎え、戦後直後に櫻井よしこさんがベトナムハノイの野戦病院で誕生した頃のハノイはまだまだ闘いはここからという情勢だったようです。野戦病院とは、日本軍がベトナムで使っていた病院で、言葉の響きに反して立派な病院だたようです。

 

とはいえ、櫻井よしこさんが誕生した年、日本軍や日本人はどこから襲われてもおかしくないような状況だったという事が分かります。

 

櫻井よしこさんの母親の櫻井以志さんも父親の櫻井清さんも万が一フランス軍や連合軍がハノイに攻め入り侵入してきたら、自宅の三階の窓から中庭の池を目掛けて飛び降りることを約束していたという話が櫻井よしこさんの著書『何があっても大丈夫』の中で鮮明な母の記憶をもとに描かれています。常に死を覚悟して家族が毎日を生きていたというお話です。

 

 

◆櫻井よしこさんの家族構成は父親・母親・兄の4人。夭逝した兄弟が2人。その他に異母兄弟の姉2人

 

アジア各国で貿易業を営んでいた父親である櫻井清さん(1910年横浜生まれの日本人)、母親の櫻井以志さん(1911年小千谷生まれの日本人)との間の長女として櫻井よしこさんは生まれています。三歳上となる1942年生まれの昭弘さんというお兄さんもいました。

 

また、櫻井よしこさんの生まれる前年にあたる1944年には姉の京子さんが誕生していますが僅か10か月半で亡くなっており、入れ替わりのように誕生したのが櫻井よしこさんだったようです。さらに日本へ帰国後の1948年には櫻井よしこさんの弟にあたる勇治さんが誕生しています。しかし、勇治さんも2歳になるかならないかの年齢で腸捻転を起こし、亡くなってしまったそうです。

 

両親ともに日本人!

 


画像:http://yaruzonmind.blog.fc2.com/blog-entry-2538.html

 

後に判明することですが、父親の櫻井清さんには櫻井以志さんとの結婚の前に前婚があり、その女性との間に他に2人の女児(櫻井よしこさんの異母兄弟)も戸籍上存在するようです。また、父親の櫻井清さんには櫻井よしこさんのご家庭のほかに女性と家族同然の生活をされていた家庭があり、そこにもお子さんが誕生していたことが分かっています。

 

一家は櫻井よしこさんの誕生を待って、日本へ帰国します。

 

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◆櫻井よしこさんは若い頃が女優さんみたいに美人!若い時代の髪型や顔立ちがチャーミングでかわいい! 画像

 

ともかく、櫻井よしこさんは今でも綺麗な女性ですが、若い頃はまた一段と女優さんのように美しい女性でした!

 


画像:http://konotabi.com/niceshortstory/story10/mssakurai.htm

 

笑顔もファッションセンスも素敵です。

 

◆終戦後帰国し新潟県小千谷市、大分県竹田市、長岡市へ母子で転居を繰り返す日々 出身中学校、高校、大学は?/櫻井よしこの昔若い頃 画像

 

最初は母親・櫻井以志さんの故郷である新潟県小千谷市へ戻りましたが、すぐに一家は父方の祖母の出身地である大分県の竹田市へ移り、そこから父親だけ東京に働きに行き、あまり家には戻らない生活となったようです。

 

若い頃の櫻井よしこさん

若い頃の櫻井よしこさん

 

家庭を顧みない父親
父親を決して責めない母親

 

魔法の言葉
何があっても大丈夫。

 

父は仕事一筋で母と子供を置き去りにして自分の夢を追い続けた人。遠い場所で別の女性と生活していた父は家に戻ることはなかったが、母は女手一つで兄と私を育ててくれ、「何があっても大丈夫」が口癖だった。
引用元:https://misakay.hatenadiary.org/entry/20050319/1200825017

 

そのように父について櫻井よしこさんが語るように、東京には父と関係する「青緑色の着物の女性」がいたり、後に櫻井よしこさんが行くことになるハワイにも「ミセス・ロングドレス」がいるなど、常に妻子を振り返らずに仕事に没頭しながら、女性の影があった父親だったようです。

 


画像:小野篁

 

この辺りの話を聞くと、小野小町の父親の候補の一人として語られている小野篁(おののたかむら)」と彼の帰りをずっと心待ちにしていた愛子お棺様)の話にとても似ています。

 

小野小町の両親?小野篁お棺様のお話はこちらで紹介しています↓

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さらに、意外なお話ですが野沢直子さんの父親ともかなり似ています。

 

野沢直子さんの父親についてはこちらで出てきます↓

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けれども、櫻井よしこさんの母親の櫻井以志さんはずっと子供たちの前で父親について悪く言うことなど一度もなかったそうです。

 

お父さんは本当に立派な人なのよ。

 

月日が経過し、櫻井よしこさんの思春期になった兄が父親・櫻井清さんを訪ねてから急激に態度が荒れてしまったという事が起こります。

 


画像:https://ironna.jp/article/2845

 

母親の櫻井以志さんは『環境が悪い』といって、あっという間に荷物をまとめ、再度母親の実家である新潟県小千谷市へ暮らしを戻し、母親の兄弟や両親に世話になって立て直しを図ります。

 

●中津市立緑ヶ丘中学校→小千谷市立真人中学校→長岡市立東中学校卒業
●新潟県立長岡高等学校

 


画像:新潟県立長岡高等学校

 

最終的には子供の教育を考え、新潟県長岡市へ転居しています。櫻井よしこさんは中学校、高校と新潟の地で学んでいました。中学校はその為、3校も転々として通ったようです。

 

若い頃のスキーを楽しむ櫻井よしこさん

若い頃のスキーを楽しむ櫻井よしこさん

 

櫻井よしこさんの中学、高校時代は時代背景もあり、さらにほぼ母子家庭という事で一家は経済的貧しさのどん底に居たようです。しかし、その暮らしの中で、母親・櫻井以志さんは強い信念をもって子供たちにこう伝え続けていたそうです。

 

お金では、けっして手に入らない「それ以上に価値あるもの」が、この世に存在する。

 


画像:https://www.business-plus.net

 

寂しい想いに沈み込みそうになったら、未来への夢を膨らませなさい。寂しさを、未来の可能性に繋げて。人間は前向きになってさえいれば、本当に何があっても大丈夫

櫻井以志

 

その強い信念と心が、櫻井よしこさんの心の基盤となっていくこととなります。

 

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◆慶応義塾大学文学部へ進学したが中退しハワイへ。ハワイ州立大学歴史学部(アジア史)に進学/櫻井よしこの昔若い頃 画像

 

櫻井よしこさんは県立長岡高校を卒業後、慶應義塾大学の文学部に合格し、一度進学していますが中退してハワイに渡っています。(櫻井よしこFB情報)

 


画像:https://www.business-plus.net

 

この頃、実際の生活は大変厳しかったという話ですが、櫻井よしこさんの若い頃のお写真には服装も髪型も常に品がよく可愛らしくて、とっても素敵です。

髪型も「知的なお嬢さん」感たっぷりで櫻井よしこさんの素敵なイメージと重なってとってもチャーミングです。

 

若い頃のお嬢様風の櫻井よしこさん

若い頃のお嬢様風の櫻井よしこさん

 

慶応義塾大学は経済的な理由で入学金が払えず、入学していないという情報も一部ネット情報としてありましたがご本人のFB基本情報で中退とあるので、進学はされていたようです。

 

若い時の櫻井よしこさんは、きっとこれだけ美人なので、国内でも相当モテたことでしょう。みんな男性はことごとく、ぴしゃっとやられたのでしょうか…(笑)

 

現在でも変わらぬ若さを保たれています。
脅威の若さw

 


画像:twitter

 

慶応義塾大学へ一旦進学した後、母親・櫻井以志さんから説得されたこともあり、櫻井よしこさんは新事業を手掛け始めたハワイに居る父の仕事を手伝うため、慶應義塾大学を中退してハワイへと行くこととなります。ハワイでは父親のレストランを手伝いながら、大学で語学から学ぶ生活をされていたようです。

 

ハワイでは日本とはまた違った価値観の人々に沢山出会うことになり、日本人女性にある「奥ゆかしさ」と、ハワイの女性の「自分の意見を持つ芯の強さ」の双方櫻井よしこさんは自身の中に植え付けることになります。

 

 

ハワイ州立大学マノア校歴史学部(アジア史)へ進学して卒業します。そこまでの間に父親・櫻井清さんは保証人になったことで事業に失敗し、日本へ帰っていました。

 


画像:ハワイ大学マノア校

 

それでも櫻井よしこさんは奨学金アルバイトで学費と生活費を稼ぎつつ、色々な方の力を借りて、資金がない中、立派にご卒業されたようです。

 

戦後、日本国内で欧米文化に対する異常な憧れを抱く風潮がある中で、櫻井よしこさんは実際に海外へ行き、異文化から振り返った日本の美徳、すばらしさについて改めて自身の若い目で見つけることができたのかもしれません。

 

◆櫻井よしこさん社会人へ。職業は通訳、英字新聞記者~ニュースキャスター、そしてジャーナリストへ。若い頃はドラマにも出演していた?画像

 

その後、櫻井よしこさんは1971年(昭和46年)に日本へ帰国し、その際にはハワイ大学の教授からの推薦状があった事で当初、米国人女性ジャーナリストの秘書(クリスチャン・サイエンス・モニター紙の東京支局長、エリザベス・ポンド氏の助手兼通訳)として就職しています。

 

 

毎朝、日本の新聞記事を通訳で報告したり、和文英訳と取材通訳をするのが主な役目だったようです。

若い頃の櫻井よしこさんには暫くどことなく日本人離れした雰囲気があります。バリキャリの印象です。

 

■バリキャリが憧れの的だった時代に生きた山口智子さんと唐沢寿明さんのお話はこちら↓

山口智子が唐沢寿明と結婚後も子供を産まない理由・愛しぬく訳に生い立ち
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◆1971年(年齢26歳)ハワイ州立大学卒業後、日本帰国し英字新聞記者を経て~34歳で『NNNきょうの出来事』メインキャスターへ。SJ賞も受賞!/櫻井よしこの昔若い頃 画像

 

そして、秘書として毎日情勢を英語翻訳して伝えてきた日課からつながったのか、櫻井よしこさんは英字新聞の新聞記者( クリスチャンサイエンスモニター紙・アジア新聞財団 DEPTH NEWS)を経て、

 

櫻井よしこさんが34歳の1980年(昭和55年)からは夜の報道番組『NNN きょうの出来事』のメインキャスターを1996年(平成8年)までの16年間務めあげました。女性ニュースキャスターの草分け的存在となりました。

 

みなさま
こんばんは。

 

若い頃のキャスター時代の櫻井よしこさん

若い頃のキャスター時代の櫻井よしこさん

 

16年間、
毎日のニュースを伝え続けた女性!

 

1994年(年齢49歳)には櫻井よしこさんは1993年度SJ賞(現 放送ウーマン賞/女性放送者懇談会賞)を受賞されています。

 

この頃の櫻井よしこさんの印象がとても印象的なのは、その時代に同じように世界情勢に関する報道がきちんとできる女性が殆ど居なかったこともあると思います。

 

若い頃からジャーナリストとして飛び回る櫻井よしこさん

若い頃からジャーナリストとして飛び回る櫻井よしこさん

 

櫻井よしこさんは英字新聞の新聞記者時代の経験から、取材に関する徹底した仕事量をこなし、ニュースキャスターとしても単にお膳立てされたニュースを読むだけのアナウンサーとは違う印象を視聴者に与えていました。

 

16年間のキャスター時代の間も、ニュース原稿をめぐって、辞任覚悟で番組のデスクとの大喧嘩に代表される「大組織とフリーランス」の苦悩に直面したこともあります。

引用元:『迷わない』紹介文

 

櫻井よしこさん独自の視点でテーマを掘り下げ、その時代が抱えた問題の核心に立ち向かっていく姿は、ジャンヌダルクような印象だったように記憶しています。その立ち振る舞いを見ていた女性たちに新しい時代の到来と、未来への大きな希望を与えていました。

 

若い頃の知的雰囲気の櫻井よしこさん

若い頃の知的雰囲気の櫻井よしこさん

 

意思のある女性
としての
カッコイイ姿が時代を牽引!

 

◆1992年(年齢47歳)昔はテレビドラマ『子供が寝た後で』出演も!チャーミングでカワイイ美女だった!/櫻井よしこの昔若い頃 画像

 

今となっては考えられないことですが、『きょうの出来事』櫻井よしこさんが大変人気だったため、1992年のテレビドラマ『子供が寝た後で』に出演されています。

 

若い頃バラエティ番組にも出演していた櫻井よしこさん

若い頃ドラマにも出演していた櫻井よしこさん

 

いつもは厳しい社会情勢をニュースで伝えていくことが多いため固い表情も多かった櫻井よしこさんがここでは『きょうの出来事』のパロディのようなシーンに本人が出演するという意外性のある面白い企画も了承して出演されていました。

 

kira2
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もともと本来はユニークな方のようですね。

 

◆1985年(年齢40歳)頃~積極的に執筆活動も開始。/櫻井よしこの昔若い頃 画像

 

また、櫻井よしこさんの著作も今では物凄い数となっていますが、1985年ごろから積極的に著作を出版していくことになります。

 


画像:fujisan.co.jp

 

櫻井よしこさんがここまで特にこだわりをもっているテーマとしては、「歴史認識」「外交・国際関連」「皇室関連」「憲法改正」「国籍法改正と外国人参政権」「選択的夫婦別姓制度」「人権問題」「原子力発電と核問題」「沖縄基地問題」「時事関連」「その他政治」など、いずれも国家に関わる問題について保守派の立場から問題提起をし、警鐘を鳴らしています。

 

■【カッコイイ女性】中山恭子さんの日本人人質事件解放までのお話はこちら↓

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◆1995年(年齢50歳)に櫻井よしこは薬害エイズ事件『エイズ犯罪 血友病患者の悲劇』で第26回大宅壮一ノンフィクション賞を受賞

 

『きょうの出来事』メインキャスターを辞めることとなった前年にあたる1995年(平成7年)には櫻井よしこさんは薬害エイズ事件について論じることとなった著作『エイズ犯罪 血友病患者の悲劇』第26回大宅壮一ノンフィクション賞を受賞しています。

 


画像:http://kukkuri.jpn.org/boyakikukkuri2/log/eid1030.html

 

しかし「薬害エイズ事件」櫻井よしこさんから厳しく追及された安部英氏は裁判で無罪判決を受け、櫻井よしこさんは名誉毀損で訴えられるという一幕もありました。

 

櫻井よしこさんのこれまでの受賞歴はこちら

 

●1995年 第26回 大宅壮一ノンフィクション賞
●1998年 第46回 菊池寛賞
●2010年 第26回 正論大賞

 

世間から櫻井よしこさんこそ政治家になって欲しい!という声が強くあがる中、頑なに「ジャーナリスト」という姿勢を貫く姿も印象的です。

 

国益を守る活動に力を入れる櫻井よしこさん

国益を守る活動に力を入れる櫻井よしこさん

 

ジャーナリストである誇り。

 

 

何度も櫻井よしこさんには政界入りの噂や、実際にそうした依頼も沢山あったと思いますが、一定してその時代の政治家を外側からけん制する立ち位置に居たということもジャーナリストとしての誇りを感じさせます。

 

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◆櫻井よしこさんは結婚しているの?結婚歴は?夫・子供は?画像

 

今でもテレビの討論番組などで大活躍の櫻井よしこさんですが、若い時からあれだけチャーミングで魅力にあふれている知的美女となれば引く手あまただったに違いありません。

 

若い頃から変わらない素敵な笑顔の櫻井よしこさん

若い頃から変わらない素敵な笑顔の櫻井よしこさん

 

しかし、普段出演されている政治に関わる分野の番組では、そういったお話は番組の方向性もあって、全く出て来ないので現在、ご結婚されているのか気になります。

 

 

◆2005年(年齢60歳)櫻井よしこ出版書籍タイトル『何があっても大丈夫』に結婚・旦那に関する話があった 画像

 

ここまでかなりの知的優等生としての経歴を突き進んできた櫻井よしこさんでしたが、実は過去にオーストラリア人の一般人男性と3年間結婚生活をされていたそうです。そのことは2005年に出版された『何があっても大丈夫』という櫻井よしこさんのエッセイ本に書かれているそうです。

 

若い頃の櫻井よしこさんの著書

若い頃の櫻井よしこさんの著書

 

3年間ということなので、それ以降は櫻井よしこさんはご主人とは離婚されたようです。結婚離婚が起こったのはいずれも16年間のキャスター時代だったという事ですから、とても忙しい時期に大変な人生の局面を迎えていたという事となります。

 

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◆家庭的なイメージがあまりない櫻井よしこさんと元旦那(夫)の間に子供はいるの?

 

それでも、3年間の結婚生活があったということで、元旦那さんとの間にお子さんは??と気になるところですが、櫻井よしこさんにはお子さんもいらっしゃらないようです。

 

櫻井よしこさんが笑うと華やか

櫻井よしこさんが笑うと華やか

 

また、そこから現在に至るまで、再婚はされていません。仕事と家庭の両立は櫻井よしこさんほど優秀な女性であっても時代が許さなかったということなのかもしれません。

 

櫻井よしこさんがここまで行ってきたような活動を考えると、社会での役割を全うするためには「子育て」というこれまた自分しか担うことができない責任重大な任務を納得できる水準で果たすことがとても難しかっただろうということは容易に想像ができます。

 

昔から、ここのテーマは社会で活躍する女性たちの重大な課題としてあった気がします。

 

自身の生活も大事にする櫻井よしこさん

自身の生活も大事にする櫻井よしこさん

 

でも、美人でチャーミングな櫻井よしこさんですから、私生活では素敵な男性がいらっしゃるかもしれません。笑顔に女性のしあわせな艶がある印象がします。豊かさがあってこその豊かな見識だったように思います。

 

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◆櫻井よしこさんの豪邸自宅が氷川神社の境内にあることで正体が判明?後ろに日本会議と関係?のこじつけ報道 画像

 

実は櫻井よしこさんのご自宅が少し話題となっています。著作の『迷わない』において、このような記載があります。

 

着物で日本美人の櫻井よしこさん

着物で日本美人の櫻井よしこさん

 

私は神社のすぐ脇に住んでいます。

引用元:櫻井よしこ著『迷わない』

 

神社のすぐ脇、と言う櫻井よしこさんの自宅はどうやら神社の貸地上に建てた建物のようで、つまり、神社から土地を借りて、境内に自宅が建っているようなのです。東京都港区にある神社の境内と言われています。衆議院議員会館近くにあり、徒歩圏である一等地の神社の境内のようです。

 

豊かさと潤いを感じる櫻井よしこさん

豊かさと潤いを感じる櫻井よしこさん

 

この件に関して、櫻井よしこさんのジャーナリスト、政治活動家としての活動と日本会議との関連を匂わせた記事も出ていますが、正直ちょっといきすぎかな?と個人的には感じました。

 

日本会議とは

 

“美しい日本の再建と誇りある国づくり”を掲げ、政策提言と国民運動を行うとしている。

1997年5月30日に日本を守る会と日本を守る国民会議を統合して設立された

日本を守る会は1974年4月に、円覚寺貫主・朝比奈宗源が神道・仏教系の新宗教に呼びかけて結成、政治課題に対して様々な保守的な政治運動を行っていた

日本を守る国民会議は1981年10月に設立。最高裁判所長官を務めた石田和外らの呼びかけによって財界人・学者中心で、元号法制定を目的に1978年7月に結成された「元号法制化実現国民会議」をもとに、これを改組してつくられた。

 

同じ宗教法人で言うと、一般にはあまり知られていないかもしれませんが、お寺の貸地上の建物というのは現在でもよくある話で、駅名に「寺」がつくような駅の周辺では駅前の商店街がまるまる今もお寺からの借地上の建物であることは全く珍しい話ではありません。

 

昔の櫻井よしこさんのサイン

昔の櫻井よしこさんのサイン

 

神社に関しても、近年ではその土地の利用価値を向上すべく、同じように土地を活用しているケースが増えてきました。

 

神社の木々茂る東側入り口から境内に入ると、社殿の方へと向かう道脇に衝立で囲われた一軒家である。建物は白を基調とした外観の巨大な鉄筋コンクリート造りで表札こそ掛かっていないが、そこが本名・櫻井良子の自宅なのである。

 リテラの調査では、登記簿に地上2階地下1階、総床面積約520平方メートルの、単なる一私人の邸宅とは思えないような豪邸である。因みにこの建物には建築した2004年の翌年、05年に1億7千万円の根抵当権がついていたが、僅か6年で抹消されている。

 

櫻井よしこさんのご自宅は

 

2004年新築
RC造 地上2階地下1階建
延床面積520㎡

 

ということで、この建築費用について6年間で完済することに関しても、櫻井よしこさんの多くの著作物やジャーナリストとしての活躍を考えれば、特に違和感もあるようには思えません。

 


画像:https://www.business-plus.net/

 

櫻井氏のこうした神社界(神社本庁)と一体化した政治言論活動と、神社の土地を借り、巨大な建物を建てているということは何か関係があるのではないか。

もちろん、寺社が敷地を借地にしているケースは珍しくはないが、借地上の建物は「非堅固建物に限る」「木造家屋に限る」という条件が付いているケースも多く、個人にこんな巨大なコンクリート造の建物を建てさせるというのは珍しい。

引用元:exciteニュース

 

確かに「非堅固建物」という条件での借地契約は、契約が終わるタイミングが増える分、貸主の保身になるので契約件数は多いですが、件数の問題と言うだけで「堅固建物」についても借地の契約は普通に存在します。

 

また、契約上「堅固建物」についても受諾した形で取り交わされていたからといって、正式に契約を取り交わしたうえでの条件なのですから、特にこれが櫻井よしこさんの政治活動によって受けた恩恵のようにとらえるのはあまりにもこじつけのように思えます。

 

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以前仕事で年間800件の物件を見ていました。

 

櫻井よしこさんの自宅があると言われている神社

櫻井よしこさんの自宅があると言われている神社

 

また、神社が土地を貸したがっているという情報について一般よりも近い位置で情報を早く入手できた可能性は勿論あるわけですが、それに関しても不動産取引上は日常的にある話なので、櫻井よしこさんだけが特別ということでは全くないように思います。

 

■サーヤこと黒田清子さんのお話はこちら↓

若い頃の紀宮さま~現在の黒田清子さん迄の豊かな記録と伊勢神宮画像
今上天皇の妹として生まれ、直近では伊勢神宮の祭主への就任とそのご活躍が注目されている黒田清子さん(紀宮清子内親王殿下)ですが、これまであまり知られていなかった若い頃から現在までのご趣味やエピソードなど、黒田清子さんに関わることについて今回は調べてみました。

 

記事を書いた方の中には神社にも直接連絡を取って、神社の土地上に借地契約を交わして建てた建物は櫻井よしこさんの自宅以外にも三戸あり、いずれも地代を貰っているという話だったということも確認しているようです。

 

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櫻井よしこさんにはお子さんもいらっしゃらないので、仕事場に近い便利な場所で土地を購入することなく地代だけで自宅を持てるというのはとても合理的だったと言うだけではないかと推測します。

 

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◆櫻井よしこは自宅で106歳の母・櫻井以志を13年以上介護してきた

 

2018年5月に櫻井よしこさんは自身の106歳の母親を介護中であることを「文春ムック 文藝春秋オピニオン 2018年の論点100」に寄せていますので、現在も引き続き介護中で活動されている可能性があります。

櫻井よしこさんの母親である櫻井以志さんはこの情報から考えると2020年には108歳になるということになります。

 

櫻井よしこさんは笑顔でもエネルギーを放出

櫻井よしこさんは笑顔でもエネルギーを放出

 

2005年10月に千葉県に住む櫻井よしこさんの兄の家で倒れた母親の櫻井以志さんはくも膜下出血だったということです。93歳(推定)の時ではないかと思われます。翌日が櫻井よしこさんの誕生日で、一緒に祝う予定だったそうです。病院へ運び込まれ一命をとりとめた櫻井以志さんでしたが、要介護度は最も重い「5」。

 

家族と相談し、施設に入れる事や櫻井よしこさんの兄である長男が責任を感じて介護について悩んだりとしていたようですが、櫻井よしこさんが同居を決めたそうです。

 

幸い、母が倒れる1年ほど前に私は自宅をバリアフリーにしていました。

玄関から室内までの段差をなくし2階へもエレベーターをつけお手洗いも車椅子で入れるようにしました。

実は母がまだ元気だった頃、「お母さん、もし病気になっても私がちゃんとお世話しますから大丈夫よ」と約束していたのです。そんなこともあり、自宅で母と暮らし始めました。

 

櫻井よしこさんのお母様が倒れる1年前ということは2004年ということですから、神社から土地を借りてRCの建物を新築した時(登記情報)のことですね。

 

櫻井よしこさんは強さとやさしさの詰まっているまなざし

櫻井よしこさんは強さとやさしさの詰まっているまなざし

 

RCにこだわらなければならなかったこともここに「2階へのエレベーター」という記載があることで納得がいきます。

 

 私の家は、すでに段差を取り除いた造りに改修していました。車いすでも通れる幅の廊下にしたり、座って入浴できるような風呂場にしたり。

実は、自分自身の老後を見据え、たまたま準備していたのです。

結果的に、慌てずに母を迎えることができました。

 

櫻井よしこさんにはお子さんは居ませんから、老後もできるだけ自立して生きていく為の準備だったと言うことがここで分かります。

 


画像:https://ironna.jp/article/2840

 

都心の一角にある自宅の庭は木々が茂り、草花が咲く。自然豊かだ。天気のよい日には、2人で庭に出ることもある。母娘の絆を感じる幸せなひとときだ。
引用元:yomiDr.

 

母親の櫻井以志さんがくも膜下出血で倒れられたのが2005年、そして櫻井よしこさんが神社の借地上に家を新築したのが2004年、自宅は都心部ということで、この記事が書かれた2014年4月までは少なくとも東京で母親を介護されているようです。

 

今は、母と密接に過ごせる貴重な時間。

介護は、これまで母が私にくれた深い愛情へのお礼のようなもの

 

 

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親に対してお礼ができる機会に恵まれると考えれば、介護というものは本当は豊かなことなのかもしれません。

 

しかし、たいていの人は自分の人生にいっぱいいっぱいでなかなかそう思える環境を現代整えられずに生きるように思いますし、そこまでの親子関係にもよると思いますから、お母様も、櫻井よしこさんとても立派な方ですね。

 

浅田真央さんを支えたお母さんの娘たちへの愛情についてはこちら↓

浅田真央の母親の職業や生い立ちは岐阜?死因は酒からの癌だった?
今回はフィギュアスケート元日本代表の浅田真央さんのお母さんについて調べてみました。アスリートとして「美しさ」の為に戦った浅田真央さんをずっと支えてきたのはお母さんの浅田真央さんに対する大きな愛情でした。浅田真央さんは自分もお母さんのような母親になりたいと次の夢を描きます。

 

 

最初は馴れない介護に疲弊し、仕事に影響が出てしまいそうな程だったと話す櫻井よしこさんでしたが、自分がダメになってしまったら、母親を支える事ができなくなってしまうという根本的な気持ちの切り替えをし、「人に頼る」ということを学んだと話していました。

 


画像:http://yaruzonmind.blog.fc2.com/blog-entry-2538.html

 

 世の中には様々な技術や知恵を持つ人がいる。それぞれ得意な人にお願いし、自分はその中で学べばいい。そう考えると、気持ちが楽になりました。

自分でやってうまくいかないこともあるでしょう。そんな時、私は「お母さんごめんなさい。明日は上手にやりますからね」と謝り、またその道のプロから学びます。

 

今まで誰よりも自立し、何でも自分ひとりの力で解決できた女性が、色々な方の力を借りることを習得するというのはとても難しい事のように思いますが、櫻井よしこさんは介護を通してまた改めて色々な人が色々な力を持っていることを感じる経験となったようです。

 

櫻井よしこさんの日常が垣間見られる風景

櫻井よしこさんの日常が垣間見られる風景

 

娘だからこそ出来ることがある。

 

 一方で、娘だからこそできることがあります。親の気持ちをくみ取れるし、しっかり気遣いもできます。

 毎朝、母の部屋へ行って、手をさすります。母が穏やかな表情をしているときは状態がよいとわかるので、こちらも安心です。

母には、いつもおしゃれをしてもらっています。目覚めたら着替えて、髪を整えます。一日、気分よく過ごしてもらいたいですから。帽子が好きなので、あつらえることもありますよ。

 


画像:https://ironna.jp/

 

私はまだ介護の経験はありませんが、母との記憶を思い出すとき、「母と娘」の間にある特別でセンチメンタルな想いというものがあります。

 

 「これから出かけるけど、すぐ帰ってきますね」「今日は一日中書斎にこもりきりかもしれないの」と声をかけます。

母は言葉での返事はできませんが、表情ではっきりと意思を示します。

「いいから出かけなさい」と言っているような時もあれば、寂しそうな時もある。でも、こんな親子らしいやりとりができるのは、うれしいことです。

 

自分が介護をする立場になったときに、昔、「母と娘」の間でやり残したことの補完ができたら悔いがないだろうな、という想いにもなりますし、いざその時の自分に全うできる余力が果たしてあるのか、という意味で、櫻井よしこさんの介護への取り組みは忘れないでおきたいですね。

 

櫻井よしこさんの日常には緑がたくさん

櫻井よしこさんの日常には緑がたくさん

 

周囲に助けてもらいながら、
自分自身が疲弊しないように。

 

 「周囲に助けてもらいながら」の介護で、私が疲弊せずに済んだことが大きいでしょう。母の介護に関しては、いい選択をしてきたと考えています。

 私にとって今の母は「介護をする相手」ではなく、「単なる高齢の母親」。私の役目は、母の天寿を全うさせること。母と過ごす日々を大切に、全力で生きていきたいです。

 

育児についてもいえることですが、たくさんの人と共有するのと、たった一人で抱え込むのとでは、同じ事実が全く別の色になります。

 

ひとは柔らかい手をつなぎあって、生きていく。

 

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◆櫻井よしこを今も支えている母・櫻井以志の言葉とは?画像

 

櫻井よし子さんが語る、母親の櫻井以志さんの言葉は、子育て中の私にとっても、宝物のようなものに感じて、とても素敵なものを頂いたなという想いがしています。

 


画像:ハンディ―ネットワーク

 

母はいつも優しく『だいじょうぶよ、よし子ちゃん』と抱きしめてくれました

わたしはその言葉で、 母から愛情の種を植えてもらったのだと思います

 

私の中でもこうした愛情を注いでくれた人がいました。私の母の母、つまり、祖母なのですが、同じように私に伝えてくれたことで、私自身も常に天からの眼差しと、自分の中にいる色々な自分との対話を大事に想えたような気がしています。

そして、櫻井よしこさんは母・櫻井以志さんについてこのように語っています。

 


画像:ハンディ―ネットワーク

 

母は、人間はみな愛されて生まれてきていると信じている人なんです。

・・・多くの生物がいる地球上で、人間が 一番愛されているのよ、というのです。 人間ほど愛されて誕生した存在はないから、どんなことがあっても必ず、愛されているゆえに道は開けるのだと。

だから母はずっと「だいじょうぶよ」と言い聞かせてくれま した。

『心配しなくても、だいじょうぶよ。お母さんが愛しているし、神様もあなたを愛している、ほんとにだいじょうぶよ』と。

 

そんな風に櫻井よし子さんを育ててくださったお母さんがいたからこそ、櫻井よし子さんはどんなときにも信念を曲げずに戦い続けることができたのかもしれませんね。

 

若い頃の櫻井よしこさんと母親の櫻井以志さん

若い頃の櫻井よしこさんと母親の櫻井以志さん

 

1枚だけ、櫻井よし子さんのお母様のお写真がありました。櫻井以志さんが100歳の時だということなので、もう8年ほど前の画像となります。

 

『あなたのことを、いつも神様が見ていらっしゃる。たとえ神様が見ていらっしゃらないときでも、自分自身が見ているのだから、自分に恥じないように生きなさいという言葉が折々に蘇る」。

櫻井よしこ氏がそう述べるように、以志さんは最も大切で最愛の存在だ。

 

このような宝物のような言葉を胸に、櫻井よしこさんは家族の在り方についても、自身の経験をもとに、提言をされています。きっと、これからの日本に必要なメッセージをたくさん発信してくれることでしょう。

 

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私は、いつもは「正しさ」で勝負する人は通常苦手な方なのですが、櫻井よしこさんの言葉は不思議とすーっと入ってくる理由として、こうした精神性があったからなんだなと今回思いました。

 

 

「老い」と直面している泉ピン子さんの首が震える症状についてはこちら↓

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圧倒的な演技と存在感が欠かせない大女優・泉ピン子さんですが、ここ近年のドラマ出演やトーク番組での出演でテレビ視聴者より頭部の揺れや首振りの指摘、大病ではないかという声が盛んにされてきました。今回は泉ピン子さんのそうした首振り、頭部の揺れについての情報を集めています。

 

◆櫻井よしこは2012年『櫻LIVE~君の一歩が朝を変える』を自宅書斎からyoutube動画配信開始!番組名は品川女子学生が提案!言論テレビ株式会社設立

 

今でこそ、youtubeを利用して芸能人や有名人の方々が日々動画を配信され、副業として活用されることが珍しくなくなってきましたが、

櫻井よしこさんは2012年からyoutubeを利用した動画配信をされています。その名も『櫻LIVE~君の一歩が朝(あした)を変える』

 

 

それは、櫻井よしこさんが元々、日本テレビの『今日の出来事』という人気報道番組を16年間1日も休まずに勤め上げたテレビ局付の人気キャスターとして活躍し、かつ日本国家の在り方についても人生を懸けて追及してきたジャーナリストとしての両方のご経験から、youtubeという新しい情報発信媒体の持つ可能性と魅力に誰よりも早く注目されたからだろうと思います。

 

 

また、櫻井よしこさんはこのyoutube番組を運営するにあたって設立した法人「言論テレビ株式会社」についてこのように提示しています。

 

【言論テレビ】 自由なインターネット空間で事実に基づく情報を発信し、正しいと信ずる論陣を張るインターネットテレビを運営するために設立しました。

引用元:youtubeチャンネル説明欄

 

『櫻LIVE~君の一歩が朝(あした)を変える』の第一回の放送は2012年10月26日にスタートし、櫻井よしこさんが毎日一番長い時間を過ごすという自宅書斎にゲストを招く形で始まります。

 

ゲストと言ってもどうやら『徹子の部屋』のように和やかな雰囲気で交流していくだけではなく、その時々の大事なことを討論し、分析し、意見を交わすという事でした。櫻井よしこさんはニコニコしながらこんな事も事前に言われていました。

 

時にはバトルトークもします。

引用元:『櫻LIVE』2012.10.19

 

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ニコニコして言われるあたりが、なお怖いです(笑)

 

放送第1回の番組ゲストは当時第二次安倍内閣スタートのちょうど2か月前だった安倍晋三さんでした。翌第2回目のゲストは当時民主党防衛副大臣だった長島昭久さん、第3回目は自由報道協会代表の上杉隆さんでした。

 

 

記念すべき
第1回目のゲスト!

 

ゲストも男性とはいえ、とても緊張して櫻井よしこさんの書斎に来られたことでしょう(笑)

 

安倍晋三さんが最初に来られた時には石原慎太郎都知事が突然辞めて、今後は国の為に活動すると発表された頃だったようで冒頭でそのお話が出ていました。

 

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◆櫻井よしこは資金を他業界、大資本に依存しない国益を守るための提言をする団体「国家基本問題研究所」を設立!youtube画像

 

youtube上の動画配信番組をスタートするにあたって、櫻井よしこさんが番組について語られたことはこのようなことでした。

 

 

まずは日本テレビの『きょうの出来事』のキャスターとして様々な経験をさせてもらった16年という歳月、力を貸してくれた周りの方々への感謝を伝えた上で、その番組卒業後のジャーナリストとしての活動、その中で「公益財団法人 国家基本問題研究所」という機関を設立したことを報告しています。

 

「国益というものだけを考えて、国民の未来だけを考えて、戦略的に政策を提言していける研究機関を作らなくてはいけない」そう思って、「国家基本問題研究所」を作りました。

引用元:『櫻LIVE』2012.10.19

 

「公益財団法人 国家基本問題研究所」の活動の目的としては、日本という国が様々な脅威にさらされる中、しっかりとした主権国家として成立し、存続していくために国益の一点だけ、国民の未来の1点だけを考えて政策を提言し、情報を広げ、内外に情報を発信し、そしてセミナーを開くということだそうです。

 

国家基本問題研究所のページはこちら(外部リンク)

 

注目すべき点としては、「国家基本問題研究所」がその活動資金をどの役所にも業界にも依存せず、志を共にする一般会員の会費と寄付のみで運営しているという点です。

それによって、櫻井よしこさんが守ろうとしたものは立場の強弱によって脅かされることのない本当の意味での「言論の独立性」でした。

 


画像:ハンディ―ネットワーク

 

誰に遠慮することもなく、ズバッと核心を突いた提言ができます。準備に1年、創立から5年、本当に一生懸命に働いてきて、その意義を発揮してきたと自負しています。
引用元:『櫻LIVE』2012.10.19

 

櫻井よしこさんは政治家ではありませんが、国家の政治に影響を与える人材として誰よりも早くyoutubeという情報発信媒体に注目したことは「国家基本問題研究所」が守っている最大の価値であるところの「本質的な言論の独立性」が最も脅かされにくい媒体であることに注目したからと言えそうです。

 

◆櫻井よしこのスタートした『櫻LIVE~君の一歩が朝を変える』の番組タイトル名は親友・漆紫穂子学長の品川女子学院の学生と共につくったもの 画像

 

『櫻LIVE~君の一歩が朝(あした)を変える』というyoutube番組の名称についても、櫻井よしこさんの親友で東京の品川女子学院の学長でもある漆紫穂子さんの協力を得られたことから櫻井よしこさんらしい豊かな形でつけられました。

 


画像:TOKYO WOMAN

 

櫻井よしこさんのyoutube番組の名称はこれからの日本の未来を担っていく若い世代である品川女子学院の女子生徒たちのアイデアを取り入れたものにすることが出来たそうです。

 

 

「櫻井さん怖くないので」
と生徒たちに紹介される櫻井よしこさん(笑)

 

 

櫻井よしこさんは親友の漆紫穂子さんとの交流の中で、漆紫穂子さんが学長を務める品川女子学院の生徒さんたちが以前から新潟のお煎餅メーカーの方々と協力して、斬新で新しい製品の名前を考え、ヒット商品に導いた経験をされていたそうです。

 

私は日本という国が、皆さんみたいな女の子がたくさんいることで、うんと元気になっていくんじゃないかなって信じていますので、その皆さんに私の番組の名前をつけて欲しいと思ってお願いしました。

引用元:『櫻LIVE』2012.10.19

 

櫻井よしこさんも1974年に初めて自分の署名記事第一号が出た時には飛び上がるほどうれしかったという経験をしています。アジア新聞財団(PFA)に採用された「草魚の稚魚の放流」という記事だったそうです。

 

自分が考えたものがカタチになる喜びと実感。

 

それをひとつひとつ重ねていった先に今の櫻井よしこさんがあるという気持ちから、最初の「カタチになる感動」を女学生たちに上げたいという気持ちが大きかったのではないかと思います。

 

 

これは櫻井よしこさんの活動にとっても、これから先の未来を選んでいく時代に居る品川女子学院の生徒さんたちにとってもきっと、とても素敵な「種」になっただろうなと思いました。

 

◆櫻井よしこの「美しい日本の憲法をつくる国民の会」鹿児島県民の会

 

櫻井よしこさんはさらに日本国憲法の改正実現に向け、「美しい日本の憲法をつくる国民の会」にて共同代表を務めています。活動推進のために全国で活動を行っています。

 

鹿児島県民の会でも2018年12月に第1回憲法改正勉強会というものが開かれ、専任講師を招いて憲法改正の必要性の素養を学べるような勉強会が開催されたようです。

 

 

こんな研修勉強会があるなら是非参加してみたいですね。

 

参加者の皆さんには、「大変わかりやすい」と大好評でした。

 
 

日本の憲法はそもそも存在自体が神聖で「美しいもの(?)」であるかのように国内で教育されているために、改憲の動きはとても困難を極める状況にあるのだと思います。

 

その、美しいもの(?)である日本国憲法が敗戦後に連合国軍の占領下でGHQに押しつけられた「占領憲法」であることその事実と意味

 

 

また、近年では大規模災害、環境破壊、安全保障環境の変化、家族崩壊、伝統的価値の喪失など、憲法が制定された時代には想定出来なかった様々な現実に直面しています。

 

それに対応するように日本以外の各国は憲法を柔軟に変更し対応してきているのも事実です。それにも関わらず、日本が頑なに美しさ(?)に酔いしれて「変えない」ことの価値とは?変えなければ絶対に戦争は起きないのか??侵略されることはないのか??

 

あまりに何も分からない状況下で改憲改憲ばかり先行して騒がれてしまうと、それはそれで胡散臭いと思うので、

 

憲法を変えないことの
利益とリスクをまず知ろうよ

 

というところでしょうか。

 

櫻井よしこさんの強く大きな志

櫻井よしこさんの強く大きな志

 

そうした情報を櫻井よしこさんをはじめとした「美しい日本の憲法をつくる国民の会」は、国民に知ってもらうこと事から積極的に活動を行っています。

 

 

何も分からないから、現状維持で改憲には反対、ではなく、

同じ反対するにしても、

なぜ、この改憲に関する議論が今、起こっているのか?を知ってからでもいいんじゃないでしょうか。私たちの目、私たちの意思で決断し選んでいく。その基本に戻るとてもいい取り組みである気がします。

 

だれも戦争なんてしたくない。


侵略が起こったとき
女・子供がまず普通どうなるのかを知らなければ。

 

艶やかな櫻井よしこさん

艶やかな櫻井よしこさん

画像:「美しい日本の憲法をつくる国民の会」

 

「美しい日本の憲法をつくる国民の会」が挙げている憲法改正が必要だと思われる個所については下記の通りです。

 

一. 「前文」…美しい日本の文化伝統を明記すること

自らの国の安全と生存を、「平和を愛する諸国民の公正に信頼」して委ねるという、他人任せな規定を見直す必要があります。

また、前文には、建国以来2千年の歴史をもつ、わが国の美しい伝統・文化を明記することや、世界平和に積極的に貢献する、国民の決意を表明することも大切です。


二. 「元首」…国の代表は誰かを明記すること

国際社会では、天皇は日本国の元首として扱われています。しかし、国内では、「天皇は単なる象徴にすぎない」とか、「元首は首相だ、国会議長だ」という憲法論議が絶えません。国家元首は一体誰なのか、憲法に明記する必要があります。

 

三. 「9条」…平和条項とともに自衛隊の規定を明記すること

自衛隊は国防の要であり、さらに世界の平和貢献活動や大規模災害支援にも大きな役割を果たしています。しかし、憲法上「違憲」の疑義があると指摘され、自衛隊の憲法上の根拠はあいまいです。9条1項の平和主義を堅持するとともに、9条2項を改正して、自衛隊の国軍としての位置づけを明確する必要があります。

 

四. 「環境」…世界的規模の環境問題に対応する規定を明記すること

古来より、日本人は自然への敬意をいだき自然環境の保全に努めてきました。地球規模の環境破壊が進む中、自然との共存、環境保全は世界的課題であり、環境規定は喫緊の現代的課題です。

五. 「家族」…国家・社会の基礎となる家族保護の規定を

家族は、国家社会の基礎をなす共同体です。社会の発展、子弟の教育などを支える家族の保護育成は、世界各国でも憲法に規定されている重要な項目です。

六. 「緊急事態」…大規模災害などに対応できる緊急事態対処の規定を

東日本大震災は、1,000年に一度という想定できない大惨事を招きましたが、緊急事態対処の憲法規定があれば、多くの国民を災害から守ることができました。来るべき大災害に対処しうる憲法規定が必要となっています。

七. 「96条」…憲法改正へ国民参加のための条件緩和を

我が国の憲法は、国民大多数が憲法改正を求めても、国会議員の3分の1が反対すれば改正できない、世界で最も厳しい改正要件になっています。憲法改正への国民参加を実現するため、憲法改正要件の緩和が求められます。

 

■現代日本女性に刺さる『おしん』の自立と愛情の物語はこちら↓

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今回は日本の最高視聴率ドラマ『おしん』の感動ストーリー全297話の各章別のあらすじ最終回のネタバレ情報を中心にお届けします。『おしん』の苦難の中でも強い意志と共に、子供たちと清らかさを守り抜く、最高にキラキラした女性としての生きざまが現代の私たちにも勇気とエールを送ってくれます。

 

「美しい日本の憲法をつくる国民の会」ではネット上では1000万人の著名活動を行っているようです。近年中に日本国憲法が改正されるのかどうか、とても注目ですね。

 

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◆櫻井よしこさんは美人だけど、昔から怒らせるとめちゃ怖いyoutube画像 中国人男性と福島みずほを一喝 画像

 

私が個人的に大好きな櫻井よしこさんの言葉はこちらです(笑)。

 

あなたのおっしゃる
アジアって、
どこの国のことかしら。

櫻井よしこ

 

微笑みをもって言う(笑)

 

笑顔でぴしゃりの櫻井よしこさん

笑顔でぴしゃりの櫻井よしこさん

 

櫻井よしこさんの有名なキレ台詞です。

 

若い頃の櫻井よしこさん番組参加者の席の風景

若い頃の櫻井よしこさん番組参加者の席の風景

 

これが出てきたのは靖国神社参拝をめぐる問題についての討論において、番組中で中国人の男性が意見したことで発せられました。

 

中国人 「アジア各国は靖国を批判している」

櫻井よし子『あなたのおっしゃるアジア各国ってどこの国のことかしら?』

 

そして、冷静沈着に話を続ける櫻井よしこさんの様子はさすがです。

 

見目美しく、優雅で丁寧な物言い、それでいて「お上品爆弾」と形容された
引用元:慶応塾生新聞

 

お上品爆弾w

 

若い頃からテレビ番組で櫻井よしこさんは発信

若い頃からテレビ番組で櫻井よしこさんは発信

 

櫻井よしこさんの中にはこの中国人男性の考え方が悪いのではなく、悪はその背後にある国家による教育だと分かっている為、この時の怒り度レベルは100のうち10でした。そして、このような話を続けます。

 

アジア各国と言うと、アジア全域の事という風につい考えてしまいますけれども、この問題について、特に激しい批判をしているのは「中国」と「韓国」です。

台湾の方は積極的に要人がお参りにきています。マレーシアの方もそうですね。ですから、(この問題における相手方は)「中国」と「韓国」ということを定義したいと思います。

 

ちょっとにらみますけどね(笑)

 

ぎろっ!

 

怒るとちょっと怖い櫻井よしこさん

怒るとちょっと怖い櫻井よしこさん

 

昔から、櫻井よしこさんの冷静かつストレートに徹底姿勢は変わりません。

 

ピシャリ。

 

昔から美人ジャーナリストの櫻井よしこさん

昔から美人ジャーナリストの櫻井よしこさん

 

中でも、開き直って言い訳を繰り返し、雑な政治活動を続ける(正直、相手にもならない)福島瑞穂さんに対し、櫻井よしこさんが「同じ女性として品位を保って冷静に事実追及する一騎打ち」

 

こちらは大変話題になりました。この場面でも、仮に男性政治家などであれば、おそらく福島みずほさんの国を売る厚顔無恥の政治姿勢に対し、暴れ怒鳴り散らして指をさす場面でしょうが、最も冷静ではいられないその場で最大の冷静さをもって対応していた姿がとても心に残りました。

でも怒り度は相手が国民の税金を吸って生きている政治家であるだけに、98/100位でしょうか・・・。

 

核心を突く質問で
相手の言葉を封じ込め!

 

櫻井よしこさんの歴史的対決

櫻井よしこさんの歴史的対決

 

お互いの
心の生の声が聞いてみたかったw

 

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ちょっと知識と実力と美意識に差がありすぎて、相手にならなかったようです。

 

福島みずほさんの美意識についてはこちら↓

歴代内閣総理大臣・政治家・議員は達筆で綺麗?下手な汚文字書道が続出
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◆櫻井よしこさんの可愛らしさを知る人・花田紀凱との共著書籍 画像

 

『月刊Hanada』編集長の花田紀凱さんは櫻井よしこさんと共著の本も出されているので、元々仲が良いようです。調べてみると、この方もかなりビビットな方でしたw

 

櫻井よしこさんと花田紀凱さんの著書

櫻井よしこさんと花田紀凱さんの著書

 

文芸春秋⇒朝日新聞社⇒角川書店⇒宣伝会議の常務取締役⇒ワック・マガジンズ取締役兼Will編集長⇒月間Hanada編集長ということで、花田紀凱さんが雑誌編集や言論について人生をかけて向き合ってきた記者でもあるということが分かります。

 

1942年、東京生まれ。66年、文藝春秋入社。88年、『週刊文春』編集長に就任。94年、『マルコポーロ』編集長に就任。95年、「ナチガス室はなかった」の記事が問題となり辞任、1年後に退社。以後『uno!』、『メンズウォーカー』、『編集会議』『WiLL』などの編集長を歴任。2016年4月より『月刊Hanada』編集長。好きなものは猫とコスモス。

 

花田紀凱さんは漫画家・西原理恵子さんとも親交があるようで、こんな讃美も浴びています。

 

文春時代から相次いで雑誌を潰したことを西原理恵子雑誌クラッシャーと揶揄されたこともある。

 

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分かりにくいですが、これは誉め言葉だと思います。

 

西原理恵子さんの交際相手である高須クリニック院長の憲法に関する動画はこちら。

 

 

■高須クリニック高須克弥院長と事実婚妻・西原理恵子さんの関係はこちら↓

高須&漫画家・西原理恵子出会い~結婚関係が不潔な行為で遺言もエモい!
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最近の報道について、花田紀凱さんはこのように述べています。

 

週刊誌報道のご意見番となり、「最近の週刊誌はネットで資料集めをして取材もせずに書いているというのが読んでミエミエ。それをまたデスクが見抜けない」と苦言を呈していた。

 

こうした、言論に関する厳しい視点を持った花田紀凱さんが大絶賛しているのが、マドンナ櫻井よしこさんなのです。花田紀凱さんは櫻井よしこさんについて、このように表現しています。

 

櫻井よしこさんは、あの優しい笑顔からは想像もできない、火のような怒りを持つジャーナリストである。また、どんな相手にも、どんなタブーに対しても、一度も怯んだことがない。あの優しい笑顔の奥に、どれだけの闘志と、正義感と、そして日本を愛する心を秘めているのか。

 

どんなタブーに対しても
一度も怯んだことがない。

 

櫻井よしこさんと花田紀凱さんの著書2

櫻井よしこさんと花田紀凱さんの著書2

 

櫻井よしこさんの「仕事以外の顔」を花田紀凱さんは知っている人でした。こんな可愛らしい井よしこさんのエピソードがあるのです。
 
 
 
そんな櫻井さんが、唯一、ほっとくつろげるのは、庭の小鳥を眺め、餌をやる時だそうです。
 
赤坂の御自宅にはたくさんの小鳥が飛んでくる。
その鳥たちをのらねこたちがじっと狙っている。
「窓を開けてコラッて言うと、慌てて脱兎のごとく逃げていくの。あ、ねこだから脱兎じゃなくてキャットね、アハハ」
 
可愛い人なのです。
 
もっともっと櫻井さんという人を大切にしなくてはと組んだ2015年12月号の特集。
けれど、また櫻井さんの仕事を増やしてしまったと、大いに反省してます。
 
(「WiLL」編集長 花田紀凱

 

いつもつい、険しい顔になってしまうシーンが多い中で(それでもかなり朗らかかつ冷静な櫻井よしこさんですが)変な話、こんな風に人間味のある可愛らしい女性だということは私も改めて知りました。

 

 

政治家としてではなくとも、ジャーナリストして、櫻井よしこさんは今日もこの国のためにできることをしている印象です。

 

 
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今一番海外で行きたいところは台湾です。

 

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◆【最新情報:2020年札幌地裁に続き、高裁でも完全勝利】櫻井よしこさんの「韓国慰安婦関連記事批判」を司法が認めた異例の植村裁判とは?画像

 

櫻井よしこさんと言えば、2018年11月9日、慰安婦問題に関する記事批判の裁判で出版社3社と共に名誉棄損により元朝日新聞記者の植村隆氏より訴えられていた件で、原告側の全面敗訴判決を受け、話題となりました。損害賠償訴訟を起こされたのがここから2015年ですからここまでも長かった・・・。

 

 

※この記事作成後にさらに高裁への戦いが続いていましたが、そちらも櫻井よしこさんの無事完全勝訴で終了しています。

 

2020.02.25 (火)

櫻井よしこから重要なお知らせです 

5年前、朝日新聞の元記者の植村隆氏より、私は慰安婦問題に関する報道で植村氏の名誉を毀損したとして、損害賠償訴訟を起こされました。

2018年11月9日、札幌地裁で櫻井完全勝訴の判決をいただきました。このたび2020年2月6日には札幌高裁でさらに踏み込んだ完全勝訴の判決をいただきました。以下にご報告いたします。

引用元:櫻井よしこ公式ブログ

 

敗訴した植村隆氏がこちら。

 

元朝日新聞記者の植村隆氏

元朝日新聞記者の植村隆氏

 

(以下、札幌地裁での判決が出たところまでの話となります。)

 

名誉棄損に関する問題に対して裁判所が櫻井よしこさんの原稿には植村隆氏の「社会的評価を低下させる内容がある」と指摘したにもかかわらず、「相当の理由がある」として植村隆氏の請求を棄却したという判決にはとても異例であり、大きな意味があるように思います。

 

韓国での過去の新聞報道や論文など、櫻井よしこ氏が取材過程で参考にした資料は一定の信用性があるもので、植村氏の記事の公正さに疑問を持ったことには相当な理由があったと判断原稿に公益性が認められることからも、請求を退けた。

 

司法が、朝日新聞・植村隆氏作為と過誤を認め

「櫻井よしこさんの原稿は」名誉棄損を超える、
「公に対する利益がある」
と認めた!

 

怪訝そうな表情を浮かべる櫻井よしこさん

怪訝そうな表情を浮かべる櫻井よしこさん

 

簡単に言うと、

①元朝日新聞記者の植村隆氏の書いた記事について、櫻井よしこさんが批判した記事を書いた。

櫻井よしこさんの記事は植村隆氏の名誉を著しく棄損した、という内容で訴訟が起こる。

③(裁判所の下した結論)櫻井よしこさんの批判内容は、妥当なので、植村隆氏は敗訴。

 

元朝日新聞記者の植村隆氏(現・「週刊金曜日」発行人)が1991年8月、朝日新聞記者時代に執筆した元従軍慰安婦に関する記事をめぐり、植村氏が記事を「捏造」と繰り返し誹謗中傷した、ジャーナリストの櫻井よしこ氏と株式会社新潮社株式会社ワック株式会社ダイヤモンド社を名誉毀損で札幌地裁に訴えていた裁判で、

2018年11月9日、岡山忠広裁判長は植村氏の請求をすべて棄却する判決を言い渡した。

 

裁判では現国の植村隆氏が執筆した「思い出すと今も涙 韓国の団体聞き取り」というタイトルの記事内容について、裁判所は「事実と異なる本件記事」と認定しました。

 

改めて司法が植村隆氏の慰安婦に関する記事について「事実と異なる」と認めた事の重みは大変大きなものです。

 

 

この記事に対して櫻井よしこさんが「捏造と見られても仕方がない」旨の論評批判をしたことが名誉棄損に当たるかどうかが争点でした。

 

執拗な弁解を繰り返す元朝日新聞記者の植村隆氏

執拗な弁解を繰り返す元朝日新聞記者の植村隆氏

 

裁判の中では櫻井よしこさんの記事の中にも事実と異なる内容があった、ということで櫻井よしこさんは裁判で誤りを認め、該当部分の訂正しています。

 

このことに関して、一部で大きく取り上げられていますが櫻井よしこさんが記載した「事実と異なる内容」とは金学順さんが日本を相手取り訴えた訴訟についてのくだりにおいて、訴状からの引用としたものが訴状内の表現とは異なることから言われているものです。

 

その点について同じように「捏造」という言葉で批判されていることもありましたが、事実と異なる内容について、論文の該当箇所を改めて認め、紙上も訂正の掲載を行っています。その訂正内容は以下の通りです。

 

 

事実と異なる、は引用上の問題のみで、

「強制連行の被害者ではない」という主旨には全く影響を及ぼさない内容でした。

 

それを報復のように「捏造」とするあたりに植村隆氏の「本質」ではなく「嘘であっても騙しても勝てばよい」というようなジャーナリスト以前に人としての脆弱な価値観を感じます。

 

元朝日新聞記者の植村隆氏の弁解

元朝日新聞記者の植村隆氏の弁解

 

植村裁判の訴状(要旨抜粋)についてはこちら(外部リンク

植村裁判の判決要旨についてはこちら(外部リンク)

 

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印象の操作を悪意のある相手にされてしまった感がありますね。←その手の人の得意技でもあります(苦笑)

 

櫻井よしこさんの第一回口頭弁論の意見陳述が心に残る。

 

また、この訴訟の第一回口頭弁論で、冒頭に櫻井よしこさんが述べた意見陳述が大変心に残るものでした。(記者会見資料より)

 

ジャーナリストとして誇り高き姿勢を崩さない櫻井よしこさん

ジャーナリストとして誇り高き姿勢を崩さない櫻井よしこさん

 

かなり長いですが、たくさんの方に読んでいただきたいので引用します。

 

裁判の冒頭にあたって意見を述べる機会を与えて下さりありがとうございます。

 日本は今、旧日本軍が戦時中に朝鮮半島から女性たちを強制連行し、慰安婦という性奴隷にし、その揚げ句、約75%の女性たちを殺害したといういわれなき非難を浴びています。朝鮮半島から20万人、中国から20万人、合わせて40万人もの女性をそのような悲惨な運命に突き落としたというぬれぎぬが、主にアメリカを舞台として韓国系および中国系団体によって流布されています。

 

 その原因をつくったのは朝日新聞です。植村隆氏もその中で重要な役割を担いました。

 世に言う「従軍慰安婦問題」と、悲惨で非人道的な強制連行の話は、朝日新聞が社を挙げて作り出したものであります。

 

 朝日新聞は1982年9月2日の記事で、吉田清治氏を取り上げました。吉田氏は軍命で済州島に出向き200人の女性たちを強制連行したという許し難い嘘をつき続けた人物です。その嘘を朝日新聞は複数回にわたり報道し続けました。

 

 確かに朝日新聞は吉田氏の証言は虚偽であったと認めて、関連記事を取り消しました。しかし、それは最初の吉田清治氏の紹介記事から、実に32年も後のことでした。

 

 この間、吉田氏の証言は、韓国済州島の現地新聞によって、あるいは現代日本史の権威である秦郁彦氏によって、事実無根であると証明され、その内容も報道されました。それらの指摘と報道は、朝日にとって、吉田証言を虚偽であると認め、取り消し、訂正する機会であったにもかかわらず、朝日はそうしませんでした。自らの間違いに目をつぶり続けることは言論機関として許されないだけでなく、日本と日本国民の名誉を傷つけた点で重い責任を負うものです。

 

 吉田氏は虚構の強制連行を具体的に語ってみせ、日本政府および日本軍を加害者と位置づけました。加害者としての日本軍のイメージが広がる中で、今度は植村隆氏が91年8月11日、金学順さんという女性についての記事を書きました。この記事には彼女の名前は出てきませんが、植村氏は、金学順さんが「女子挺身隊の名で戦場に連行され」たと書きました。一方、母親によってキーセンに売られたという事実には触れませんでした。

 

 朝日新聞が加害者としての日本軍による強制連行説を確立し、次に、植村氏が被害者として、「戦場に連行された」女性の存在を報じたのです。ここに加害者としての日本軍、被害者としての朝鮮の女性という形が実例をもって整えられたことになります。

 

 ちなみに初めて名乗り出た慰安婦を報じた植村氏の記事は世紀のスクープでした。

 しかし、それからわずか3日後、彼女はソウルで記者会見に臨み、実名を公表し、貧しさ故に親によってキーセンの検番に売られた事実、検番の義父によって中国に連れて行かれた事実を語っています。同年8月15日付で韓国の「ハンギョレ新聞」も金さんの発言を伝えています。しかし植村氏が報道した「女子挺身隊の名で戦場に連行され」たという事実は報じていません。

 

 植村氏が聞いたというテープの中で、彼女は果たしてキーセンの検番に売られたと言っていなかったのか。女子挺身隊の名で戦場に連行されたと本当に語っていたのか。

 金学順さんはその後も複数の発言を重ねています。8月14日の記者会見をはじめ、その同じ年に起こした日本政府への訴えでも、彼女は植村氏が報道した「女子挺身隊の名で戦場に連行され」という発言はしていません。

 

 裁判では訴状に一番有利な事柄を書くのが当然です。日本軍による強制連行が事実であれば、彼女が日本政府を糾弾するのにこれ以上強力な攻めの材料はないはずです。しかし、訴状にはそんなことは書かれていません。書かなかった理由は強制連行ではなかったからです。

 

 植村氏は91年12月に再び金学順さんの記事を、今度は、実名を出して書いています。その中でもこの間違いを訂正していません。むしろ、キーセンの検番のあった平壌から中国に連れて行かれたときのことを、植村氏は「『そこへ行けば金もうけができる』。こんな話を、地区の仕事をしている人に言われました」と金さんが語ったと報じました。

「地区の仕事をしている人」とは一体誰か。それは彼女が語っています。検番の主人のことです。しかし植村氏は「地区の仕事をしている人」という曖昧な表現を用い、彼女がキーセンに売られたことを報じませんでした。

 

 植村氏はキーセン学校に通っていたことは必ず慰安婦になることではないと考えたから書かなかったと、朝日の第三者委員会に説明しています。しかし、真の理由はキーセンに売られた経歴を書けば、植村氏が8月に書いた「女子挺身隊の名で戦場に連行」されたという記述と矛盾し、記事が間違いであることが判明するから書かなかったのではないでしょうか。

 

 植村氏は自分は捏造記者ではないと弁明しています。なお、私はこの記事について論評したのであって捏造記者と評したわけではありません。仮に百歩譲って、91年8月11日の記事が捏造と評されるものではなく、単なる誤報であったと仮定します。

 

 では12月の記事はどうでしょうか。すでに述べたようにこの時点ではすでに金学順さんのソウルでの記者会見も日本政府を訴えた訴状も明らかにされ、植村氏の報道内容が間違いであることが判明しています。

にもかかわらず、訂正はされていません。取材対象が語らなかったことを書き、語ったことを省いた。それが誤りであることが判明したにもかかわらず、訂正しなかった。そこには当然、意図があると思うのは当然です。事実とは異なることを書き、意図を持って訂正しなかったとすれば、それを捏造記事と評したことのどこが間違いでしょうか。

 

 植村氏は捏造と書かれて名誉が毀損(きそん)されたと訴えています。しかし植村氏は、自身の記事がどれだけ多くの先人たち、私たちの父や祖父、今歴史のぬれぎぬを着せられている無数の日本人、アメリカをはじめ海外で暮らす日本人、学校でいじめにあっている在外日本人の子どもたち、そうした人々がどれほどの不名誉に苦しんでいるか、未来の日本人たちがどれほどの不名誉に苦しみ続けなければならないのか、こうしたことを考えたことがあるのでしょうか。

 

植村氏の記事は、32年間も慰安婦報道の誤りを正さなかった朝日新聞の罪とともに、多くの日本人の心の中で許し難い報道として記憶されることでしょう。

 

 植村氏は私の記事によって、ご家族が被害を被った、お嬢さんがひどい言葉を投げつけられたと、私を論難しています。

 言論に携わる者として、新聞、雑誌、テレビ、ネット、全てのメディアを含めて、本人以外の家族に対する暴言を弄することは絶対に許されません。その点では私は植村氏のご家族に対する同情の念を禁じ得ません。

 

 同時に、それらが私の記事ゆえであるとする植村氏の主張は受け入れられません。むしろ、私はこれまで植村氏の家族に対する暴言は許されないと言い続けてきました。

 

 今日、この法廷に立って、感慨深いものがあります。私はかつて「慰安婦は強制連行ではない」と発言して糾弾されました。

20年ほど前の私の発言は、今になってみれば真実であると多くの人々が納得しています。しかし、当時はすさまじい攻撃の嵐にさらされました。仕事場には無数のファクスが、紙がなくなるまで送りつけられました。抗議のはがきも、仕事ができなくなるほどの抗議の電話もありました。当時ネットはありませんでしたが、ネットがあれば、炎上していたかもしれません。

 

 その無数の抗議の中でひと際目立っていたのが北海道発のものでした。主として北海道教職員組合の方々から、ほぼ同じ文言の抗議が、多数届いたのです。

 

 そのようなことがあったこの北海道の札幌の地で、植村氏を相手に同じ慰安婦問題で法廷で闘うのには、何か特別の意味があると、この頃、思うようになりました。

私は断固として、植村氏の記事に対する評価を変えません。それを言われるのが嫌であるならば、植村氏には正しい事実を報道せよと助言するのみです。 最後に強調したいことがあります。私は植村氏の訴え自体を極めて遺憾だととらえています。

 

 氏が、言論人であるならば自らの書いた記事を批判されたとき、なぜ言論で応じないのか。言論人が署名入りの記事を書くとき、もしくは実名で論評するとき、その覚悟は、いかなる批判にも自分の責任で対応するということでしょう。言論においてはそれが当たり前のことです。

 

 しかし、植村氏はそうはせずに、裁判に訴えました。内外で少なからず私の名誉を傷つける講演を重ね、まるで運動家であるかのように司法闘争に持ち込んだ植村氏の手法は、むしろ、言論・報道の自由を害するものであり、言論人の名にもとる行為ではないでしょうか。

民主主義の根本は、自由なる言論の闘いによって、より強化されます。発言の場を有する記者がこのような訴訟を起こすことを、私は心から残念に思うものであります。

 当裁判所におかれましては、公正なる判断を下していただけるものと期待し、私の意見陳述を終わります。(了)

 

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今回の主題である慰安婦問題国益に関する内容もさることながら、私の中では「言論人」としての誇りに触れる櫻井よしこさんの考えがとても心に残りました。

櫻井よしこさんの清らかさと強さの秘訣は、「まず誰よりも自分自身を騙さない」ということにある気がします。

 

 
嘘や偽り、自分が考える「あるべき姿」と異なる行動を自分自身を守るためにとった時、外の人たちをうまく言いくるめて騙すことができても、一見立場を守ることができても、その姿を「見ている存在」がいます。他でもない自分自身です。
 
幸せはね、みんなの前にあるの。見つけることが出来るかどうか、それは気持ち次第。神様はどんな人にも幸せになってほしいと思っていらっしゃる。だから、お父さんや相手の女の人も、皆幸せでいることがいいことなの

櫻井以志

 

そこまでに激しい戦禍の中、家族全員生き残ることができたという経験があった事も大きかったのかもしれません。「生きているだけで丸もうけ」ではありませんが、最も苦しい所を生き抜くことができたという事への感謝もあるのかもしれません。

 

 
「まず誰よりも自分自身を騙さない」それには、大きな覚悟と強さが必要な場面が多くあるように思います。そして、櫻井よしこさんにその力を与えたのが他でもない、母親の櫻井以志さんだったということが分かった今回でした。
 
 
泣いてもいいけれど、涙に溺れては駄目よ

櫻井以志

 
 
美しさや誇りというものが、信じて見守ってくれる存在に支えられて、強く凛々しくあるものなのだと実感する櫻井よしこさんのお話でした。
 
 
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私も子育て頑張るぞ!!

 

■「生きているだけで丸もうけ」のさんまさんと大竹しのぶさんのお話はこちら↓

若い頃の大竹しのぶ元旦那・服部晴治の死因は癌。さんま3素敵画像
今回は日本を代表する大女優・大竹しのぶさんの1度目の結婚である服部晴治さんとのお話にスポットを当てて情報を調べてみました。2番目の明石家さんまさんとのコントラストが面白い展開となりました。

コメント

  1. 森羅万象 より:

    親を介護してるのは長岡市
    満州からの引き上げ
    実家は新潟県小千谷市真人(まっと)から長岡市へ

  2. kira2kira2 より:

    コメントをありがとうございます。記事全体がまだブログ立ち上げ初期に書いたものであったため、色々と修正することができ感謝しています。時間が予想以上にかかってしまい、失礼して申し訳ありません。

    さて、今回のご指摘でございますが、長岡で介護をされているというのは最近のお話でしょうか?宜しければ、どこからの情報であるか教えて頂けると幸いです。

    本文内にも追記させていただきましたが、2005年に母親の櫻井以志さんがくも膜下出血で倒れられ、要介護となった時のことを記事で書かれている2018年5月の『文春オンライン』(https://bunshun.jp/articles/-/5294?page=3)の記事内に、

    【でも私は覚悟を決め、母に私の自宅に来てもらうことにしました。幸い、母が倒れる1年ほど前に私は自宅をバリアフリーにしていました。】

    という記述があり、同様の内容が2014年4月の『yomiDr.』記事においても繰り返し書かれていて、さらにこちらの記事では

    【都心の一角にある自宅の庭は木々が茂り、草花が咲く。】

    とありますので、2014年および消極的ではありますが2018年の当時に関しても、櫻井よしこさんのご「自宅」は2004年に港区の神社の借地上に新築したRC2階、地下1階建ての建物ではないかと推定されます。そして、自宅で介護しているという状況に変更が無ければ、仕事の関係上、長岡ではなく東京都であることが濃厚かと思いました。

    しかしながら、この情報も最新で2018年という事になりますのでこちらもそれ以上の直近の内容は把握できない状況です。小千谷市の真人という情報は初めて知りました。色々と情報を下さってありがとうございます。

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