高橋英樹の娘・高橋真麻の若い頃~コネ脱却へ年齢別経歴と体重画像

―昔・若い頃・子供時代・親・兄弟

今回は憧れの親子である大御所俳優の高橋英樹さんと娘でフリーアナウンサーの高橋真麻さんとの仲良し関係を中心に、高橋真麻さんが「親の七光り」「コネ」と誹謗中傷が絶えなかった時代から独特の世界観を花咲かせるまでの葛藤、乗り越えた度胸、その個性を育んだ若い頃の出身学校、学生時代、アナウンサー時代の経歴を追ってみました。

併せて高橋真麻さんの拒食症や摂食障害が噂された激やせ、激太りを繰り返す体重の増減の件なども追ってみました。

◆アナウンサー高橋真麻と父親の高橋英樹が仲良しすぎる!娘は母親の小林亜紀子(美恵子)の若い頃に似てる! 画像

 

大御所俳優である高橋英樹さんと娘でアナウンサーの高橋真麻さんと言えば、芸能界でも有名な仲良し親子です。

 


画像:高橋英樹公式ブログ

 

パパっ子マーサ

 

現在、父親の積極的な育児参加が世の中で叫ばれる中、高橋真麻さんの父親・高橋英樹さんは38年以上も前から誰にも頼まれないのに育児休暇を自ら取得し、大事な娘をそれこそ手塩にかけて育ててきました。

 

それは、高橋真麻さんが愛する妻・美恵子小林亜紀子さんとの間の待望のお子さんだったからのようです。あまり知られていない事のようですが、高橋真麻さんは大人になってから特に母親で元女優の小林亜紀子さんそっくりの顔立ちとなっていきます。

 

愛娘溺愛の前に
「芸能界No.1おしどり夫婦」だった。

 


画像:twitter

 

愛妻家の高橋英樹さんは、妻・美恵子小林亜紀子さんに対しても「ありがとう」「愛してる」「きれいだね」「かわいいね」とよく言って聞かせ、出かけるときにはいつも妻にキスをして出かけるそうです。飲みに行くときは妻を連れていき、手を繋いで歩くそうです。

 

妻を幸せにすることが
家族の幸せの第一歩。

 

高橋英樹さんと高橋真麻さんが親子で仲良しという事が有名で注目されているので、なかなか語られない事ですが、娘・高橋真麻さんを溺愛する前に、高橋英樹さんが誰よりも妻をとても大事にしてきているということがの家族の幸せの前提であると言えそうです。

 

日本一の愛妻家芸能人高嶋政宏さんとシルビアさんの結婚生活はこちら

 

◆フリー・アナウンサー高橋真麻の若い頃の経歴とプロフィール!年齢・本名・子供時代の出身学校は?母親は元女優・小林亜紀子画像

 

現在でも、父と娘の関係がとても仲良しで羨ましい俳優の高橋英樹さんと娘の高橋真麻さんですが、それだけでなく母親で元女優の小林亜紀子さん(本名:高橋美恵子さん)と共に家族みんなでとても豊かな幼少期を過ごされていたようです。

 


画像:高橋英樹公式ブログ

 

やっぱり
お母さんと雰囲気が似てる!

 

真麻の髪の毛が薄かったので いつも帽子をかぶせていた頃
(中略)1歳半くらいだろう
毎年 蓼科山荘に来ると何か見つけて楽しくなる
引用元:高橋英樹公式ブログ

 

高橋真麻さんの幼少期の写真を見て綴る高橋英樹さんの言葉には「遠いあの日」に対する深い郷愁のようなものを感じます。

 


画像:https://brandnew-s.com

 

子供に対する想いや愛情というものは手間や時間をかけただけ、益々わいてくるという不思議な現象があります。

子供が自立して成人し、お嫁に行った後にこんな風に特別な感情や家族の時間に対する感動を感じられるのは、それだけ高橋英樹さんが俳優として大変多忙な時代にも妻や娘・高橋真麻さんに多くの時間と手間暇をかけてきたからだと思います。

 

 

後でどんなに後悔しても、
巻き戻して
子供時代の子供たちと遊ぶことだけは
絶対にできない。

 

そう思うと、切ない昔のあの日を想う感情も高橋英樹さんが人生で築いた大きな財産のように思えます。

 


画像:https://joseiana.com/archives/26

 

だけど娘は
お嫁に行っちゃった!(涙)

 


画像:高橋英樹公式ブログ

 

これが、女の子親の切ない宿命でもあります。生まれた時から「娘がお嫁に行く日」がなるべくまだ来ないように、祈り続けていたに違いない父・高橋英樹さんです。
お嫁に行ってしまった現在では、仕方がないので有り余る「父性」愛犬に投入しているようです。

 

ああ、この頃から約34年💨💨💨
すっかり大人になった娘は色々な意味で一人立ちしたのかなあ😆
酉年だけあり(笑)バタバタといつも私の前を  通り過ぎていく。照れ
沢山 考えて 沢山悩んでそして沢山 幸せになっておくれニコニコニコ
ちょっぴり すれ違うことがあっても一生父と娘だよ🎵

この頃ああ、大人になったねえ!と思う涼しい夜の
奥さんとの夜のティータイムです☕☕🎵

引用元:高橋英樹公式ブログ

 

でも大丈夫!
2020年はついについに
孫が誕生しますから!

 

あともう少しの辛抱です(笑)その前に、今回は高橋英樹さんの愛娘である高橋真麻さんの幼少期~若い頃をもう一度振り返ってみたいと思います。

 

 

◆1981年 俳優・高橋英樹と美恵子(小林亜紀子)夫妻は3度の流産経験後に神頼みで待望の長女(娘)が誕生!名前の由来は?自宅は高級住宅地・東京都品川区島津山/マーサの子供時代 

 

高橋真麻さんは昭和の名俳優・高橋英樹さんと1970年代に女優として活躍していた小林亜紀子さん(本名:高橋美恵子さん)の長女として1981年に東京都品川区で誕生しています。2020年には39歳になります。

 

画像:https://resumedia.jp/19274.html

 

生まれた時は「ガッツ石松」さんそっくりだった
(高橋英樹談)

 

うちの子もですw

 

1974年に当時女優だった母親・美恵子小林亜紀子)さんとテレビ時代劇『おらんだ左近事件帖』で共演したことがきっかけで結婚した高橋英樹さんでしたが、長女高橋真麻さんが誕生したのはそれから7年後という事で、夫妻にとって待望の子供の誕生となりました。

 


画像:https://resumedia.jp/19274.html

 

7年間に3度の流産。

その間、ご夫婦は3度の流産を経験していたそうです。7年間に3度の流産となると精神的にもかなり追い込まれていた状態での妊娠だったと言えそうです。

 

また、母親・美恵子小林亜紀子)さんの妊娠から4か月目の定期検診では、一時心音が途絶えるというアクシデントもあったそうで、担当医からも「あきらめたほうがいい」という話をされたことがあったそうです。

 


画像:https://yumeijinhensachi.com/

 

高橋は「1週間待って欲しい」と懇願。その間、「御利益がある」とされる神社仏閣を巡り、胎児の無事を祈願、1週間後、奇跡的に無事が確認されるという出来事を体験している
引用元:Wikipedia

 

その他にも、父親・高橋英樹さんは道端に咲く花や、お地蔵様に祈るだけでなく、当時来日していたローマ法皇・ヨハネパウロが出ているテレビ映像へ手を合わせたり等、とにかくありとあらゆるものに祈ったことで奇蹟的に胎動が戻ったというエピソードが残っています。

 

いろいろな神様の
ご加護で胎動が戻る!

 


画像:https://resumedia.jp/19274.html

 

それは奇跡の生還とも言うべき状況で、その後は体内ですくすく育ち、高橋真麻さんは無事誕生となったようです。誕生時には記念樹「真麻松」も植樹するほどの喜び。

その時、父親・高橋英樹さんはすでに37歳、母親・美恵子さんは33歳という事でしたので子供を待ち望んだ両親にとって、目の中に入れても痛くない程の可愛い娘・高橋真麻さんとの暮らしがその後も続いていくことになります。

 

ローマ法王からも
お手紙来たらしいw

 

真麻が生まれたときの夫妻の喜びは大きく、ローマ法王にも感謝の手紙をしたためたほど。すると「あなた方とお嬢様に神の祝福がありますように」という返事が届いたという。
引用元:ダヴィンチニュース

 

櫻井翔君もビックリ(笑)

 


画像:https://ameblo.jp/jin-ars-mystery/entry-12442329333.html

 

こんな背景があったからか、高橋真麻さんは小さい頃に両親から「私達は宇宙から来た」と言われていたそうです。高橋真麻さんは「騙された」と言っていますが、私たちがそうした分からない不思議な力に見守られて、何かを託されて生きているという事を子供に教えるにはとてもいい方法だったのではないかと思います。

 

 

◆父親がつけた愛娘の名前の由来は?

 

高橋真麻さんの名前である「真麻」の由来としては、このような事が語られています。

 

真っ直ぐ、麻の葉のようにすくすくと成長するように「真麻(まあさ)」と名付けられた。愛称は「マーサ

 

「麻の葉」と言われても、あまり日常生活でピンときませんが、実は伝統文様として非常によく目にする幾何学的な和柄デザインの中で「麻の葉」と言われているものが有名です。それがこちら。

 


画像:麻柄「和紙さくら」

 

「麻の葉文様」

800年前から現在に至るまで、布、衣服、紙だけでなく、神社仏閣、彫像、壁紙、屏風、書籍、文具、ビン、飲料容器、折り紙、絨毯、外壁、電車、駅、菓子、ネクタイ、バッグ、入れ墨、車のホイールなど、実に幅広い分野で、様式化された6つの点をもつ文様から芸術的な伝統文化が生み出されました。
引用元:hemptoday-japan

 

現在ある「麻の葉」パターンの中には、葛飾北斎によってデザインされた十数種のバリエーションを含んでいるそうです。

 

正に日本の伝統文化として
愛され続けている不動のデザイン。

 

「百合」や「蘭」のような可憐な花はなくとも、広く長く愛され続ける味わいある女性に育ってほしいという思いが込められていたのかもしれません。

 

父親からのそのメッセージのまま、見事に成長を遂げていきます。

 

 

◆若い頃の父親・高橋英樹はイクメン先駆者。娘マーサの育児のために育児休暇を取得し溺愛していた!/高橋真麻の少女時代

 

父親・高橋英樹は
「役者休業宣言」をして
育休を2か月取得していたらしい(笑)

 


画像:https://気になる芸能人あれこれ.com

 

子供が誕生してからの高橋英樹さんは「子供との生活を一番」にして生活されるようになります。小さい頃は高橋英樹さんが高橋真麻さんをお風呂に入れる担当で、少し大きくなった後も俳優業が多忙な中、せっせと家に早く帰って家族みんなで夕飯を囲めるようにしていました。お風呂は小学校卒業時まで一緒に入っていたとの話。(結構長いw)

 

孫の時も育休取りそうw

 


画像:https://ameblo.jp/kudan-no-maki/

 

そして、娘・高橋真麻さんの才能と可能性を伸ばすために、1歳の時から体操教室や料理教室にせっせと通わせる程、教育に対して熱を入れていたという話です。

 

また、撮影ロケなどで夕飯に間に合わない時にも必ず電話をして娘の高橋真麻さんと話をしていました。かなりの娘溺愛状況です(笑)

 


画像:高橋英樹公式ブログ

 

自宅は、品川区島津山
の高級住宅地

 

 

高橋真麻さんが誕生した自宅生家は、昭和の名俳優・高橋英樹の大邸宅というだけあって、高級住宅地である東京都品川区島津山にある5LDKの戸建てだったそうです。高橋真麻さんの為に用意された部屋は12畳もある部屋だったとか。

 

何から何まである生活。

 

医者家系に生まれた西川史子さんの子供時代のスパルタ教育のお話はこちら

 

 

◆1985年(年齢3歳)学歴:名門私立女子一貫校 雙葉小学校附属幼稚園にマーサ入園!/高橋真麻の若い頃の出身校

 

高橋真麻さんは1985年に名門女子一貫校の私立附属幼稚園である「雙葉小学校附属幼稚園」(千代田区)へ入園しています。「お受験」組だったという事になります。幼少期には父親の高橋英樹さんの撮影現場へ遊びに行くこともあったようです。

 

娘の登校を
尾行したことがあるらしいw

 


画像:https://yumeijinhensachi.com

 

「雙葉小学校」出身というと皇后雅子さま(旧姓:小和田雅子さん)を連想してしまいますが、雅子さまが小学校3年次で編入された学校は系列校の「田園調布雙葉小学校」(世田谷区)であり、校舎の場所が異なるようです。

 


画像:https://resumedia.jp/19274.html

 

誕生までの生死をさまよった経緯があったことから、娘・高橋真麻さんの「よく食べること」に関してはご両親は一切口出しをしてこなかったそうです。

 

 

◆1988年(年齢6歳)学歴:名門私立女子一貫校 雙葉小学校へマーサ入学!長野蓼科山荘「真麻庵」とハワイの別荘で休暇を家族で楽しむ生活。徐々に体重60㎏台の肥満児へ成長。父親・高橋英樹のオニオングラタンスープが原因?/高橋真麻の子供時代

 

ご両親の当初の心配とは裏腹に、高橋真麻さんは小さい頃からすくすく育ち、とにかくとてもよく食べる子だったという話が残っています。

 

 

食に関して両親から制限をされなかったことに加え、両親は誕生までの経緯があったことで高橋真麻さんが病気になる事やケガをすることをとても恐れていた為、最初は運動をさせないようにしていたようです。そうした背景があって、小学生の時には徐々に高橋真麻さんは肥満児となっていきました。

 

小学校序盤は
まだ普通の体型。

 

高橋真麻さんのご家庭には長野県の蓼科山荘ハワイに別荘があり、家族での思い出を残す時間を多く共に過ごされています。海外へは幼い時からファーストクラスで移動。この時期の高橋真麻さんは多少ぽっちゃりではありますが、まだ「肥満児」という印象はありません。

 

 

「真麻庵」!

特に長野県の蓼科山荘には『真麻庵』という名前がついていることから、高橋英樹さんが娘の誕生を機に娘の成長を見守っていく場所として購入されたことが伺えます。高橋真麻さんは冬の寒い時期はハワイ、夏の暑い時は長野の蓼科で過ごすという贅沢な幼少期だったのでしょう。

 

 

◆1991年(年齢8歳)高橋真麻に対する「高橋英樹の娘」「親の七光り」最初のバッシングは小学校3年生の時だった。

 

高橋英樹さんは自分が芸能人で名前の知られた俳優であることから、娘・高橋真麻さんが「高橋英樹の娘」という事で周りから中傷を受けないかという事をとても気にしていたようです。

 


画像:http://trendy-marilyn.seesaa.net

 

しかし、娘は娘で父親の高橋英樹さんからのそのような大きな愛情が分かっていたで、幼少期には一層、両親に心配させたくないという思いが強い子供だったようです。

 

最初の事件は
小学校3年生の時に起こった。

 

いじめのきっかけは、真麻が小学3年のとき。学芸会のミュージカルで主役に選ばれ、同級生たちから「高橋英樹の娘だから選ばれた」と妬まれたことだった。

父は胸を痛めたが、しかし当事者である真麻「妬むより、妬まれるほうで良かったわ」と明るく話したという。そこには、親には心配をかけたくないという真麻の気丈さもあったのだろう。
引用元:ダヴィンチニュース

 

実に気丈。

 


画像:https://matome.naver.jp/

 

成人してアナウンサーとなった後にも同じようなバッシング高橋真麻さんを襲うことになりますが、その時にも鮮やかな形でたくましく自身の道を切り開いていくことになります。その原体験は小学生の時に既にあったという事になります。

 

そして…
驚愕の小学校時代後半
まさかの60㎏台に突入。

 


画像:https://geinou-yakyu-sokuho.com/13038.html

 

カロリーの高い父親愛w

 

とにかく、物凄く多くの量を食べていた高橋真麻さんは小学校高学年にはなんと体重が60㎏台に突入していたようです。

特に、父親・高橋英樹さんの作る朝食のオニオングラタンスープが大好物だったと言われていますが、小学生5年生の時に脂肪肝になってしまうほどの食べ方は尋常ではありません。

 

 

その量は手巻きずしを1度に40個完食するほどで、小学校の放課後にはコンビニで購入した天丼を食べながら帰宅する生活だったと言われています。

 

6年生当時のあだ名がこれまた
「ブーサ」(笑)

 

11歳当時の高橋真麻さんの写真がこちら。

 


画像:https://気になる芸能人あれこれ.com

 

だいぶ(笑)

 

それでも本人は太っているという自覚がこの頃にはなかったそうです。こうしたエピソードから、高橋真麻さんは幼少期からあまりネガティブな感情を抱きにくい性質だったことが伺えます。ご両親の愛情あってこその性質だと思います。

 

よく見ると、
「トラ」好きの
妙なこだわりも(笑)

 

 

この頃から運動も始めたのか、高橋真麻さんは色々な習い事をしています。

 

●英会話●絵画●ピアノ●バレエ
●エアロビクス●フィギュアスケート
●水泳●書道●ゴルフ

 

小学校6年生まで
サンタクロースを信じている
純粋な子供だった。

 


画像:https://trendnews.tokyo/?p=13698

 

ゴルフに関しては、高橋真麻さんは小学校時代からプロに習っていたそうです。

だいぶパワフルな小学生時代の高橋真麻さんの写真が残っています。でも、習い事に関してはどれも長続きしなかったと語っています。

 


画像:https://joseiana.com/archives/26

 

ここまでの話を総合すると、とても両親から「溺愛」され、「甘やかされて」育った印象を抱きそうなところですが、

 

高橋真麻さんの幼少期の両親のしつけは大変厳しかったと語られています。特に礼儀に関しては大変厳しく、礼儀がなっていない時には父親の高橋英樹さんからビンタが飛んできたそうです。

 


画像:https://career-find.jp/

 

家でも容赦なし。

 

とても愛情をかけて育ててくれたのですが、『高橋英樹さんの娘』ということで、チヤホヤされることが多いと思ったのか、すごく厳しかったです
引用元:netnews31.seesaa.net

 

さらに、「行動予定を全て事前に報告する」という家族ルールが存在していたことが分かっています。

 

 

◆1998年(年齢12歳)~学歴:雙葉中学校に内部進学し、脅威の食欲で体重MAX75㎏へ突入。偏差値がスゴイ。身長はバスケで伸びたようだ。摂食障害や過食傾向は昔から。/高橋真麻の若い頃、学生時代

 

すくすくと雙葉小学校で育った高橋真麻さんはそのまま雙葉中学校へ内部進学しています。内部進学とはいえ、雙葉中学校からの受験入学となると都内中高一貫女子校の御三家であり、偏差値72前後という超難関の学校です。

 


画像:雙葉小学校

 

従って、途中入学の同級生たちとも同じ授業で育っていくとなると、相当の学力を必要としたと思われます。

 

学力もついたが、肉も付いた!

 

小学校時代に60㎏台に突入していた高橋真麻さんは中学校時代も引き続き太り続け、中学3年生の時には人生最大級の体重となる75㎏に達したそうです。その時のウエストサイズは95㎝だったとか・・・。

 

大人になってからも、高橋真麻さんには過食・摂食障害の噂がついて回っていますけれども(後述)、小学校時代から「食」に対する潜在的欲望が爆発する時期がしばしばあるようです。

 

 

MAX75㎏の中学生時代。

 

それでも、高橋真麻さんは中学校時代にバスケットボール部に所属していたという事ですから、激しい運動もしていたはずのところの75㎏という事になります。それを維持する量の食品を食べていたと考えると、ちょっと肉食恐竜並みの食欲だったと言えそうです。

 

体重増加でひざを痛め
あえなく退部。

 


画像:https://newsseijinn.com/takahasimaasa/

 

その体重じゃ、そりゃ、ひざ傷めるよね普通・・・という印象です。それでもバスケットをやっていた為か、身長は比較的高い162㎝まで伸びています。

 

⇒次ページ【高橋真麻さんが高校生でダイエットに成功!体重激変でコギャル化へ】

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