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戸田奈津子(映画字幕翻訳家)の年収・結婚・子供・現在の年齢と病気引退!?熱い名言まで

●知的/高尚 属

敗戦後、色々な意味で飢えていた日本に夢と希望を与えてくれた海外の映画。その「映画の世界が大好き」という少女のころからの気持ちだけで、あらゆる困難を乗り越え、好きなことを追いかけてきた戸田奈津子さん。

80歳を過ぎても映画字幕翻訳家として第一線で活躍されている戸田奈津子さんのキラキラした笑顔は色々な困難を自分の力で乗り越えてきた自信と悔いのない人生からのもののようです。第1弾の今回はそんな戸田さんの周辺事情からキラキラ粒子について調べていきたいと思います♪

 

映画字幕翻訳家・戸田奈津子の現在の年齢は?事務所はどこに?wiki+α

 

 

日本で最も有名な映画字幕翻訳家の戸田奈津子さん。日本で女性が活躍することがまだ難しかった時代に、他の世界と変わらずに男社会だった字幕翻訳の社会の中で、自力で自分の席を築き上げました。

それは何より彼女が映画が好きで、字幕翻訳が自分にあっているという直感があったからだといいます。そして諦めることができなかったから、と。

 

◆戸田奈津子さんのプロフィール

 

そんな活力あふれる戸田奈津子さんのプロフィールを見ていきましょう。

 

生年月日:1936年7月3日生まれ

出身:東京都

最終学歴:津田塾大学学芸学部英文学科卒業。

職業:映画字幕翻訳家・通訳。

「映画翻訳家協会」元会長。第1回淀川長治賞受賞。

「字幕の女王」とも呼ばれている。

 

1936年生まれというところで、2018年現在

なんと82歳!

もうかなりご高齢です。大学卒業から現在でちょうど60年という期間ですからご活躍の長さに頭が上がりませんね。

 

 

子供の頃は物語が大好きで本の虫だったという戸田奈津子さん。どのような幼少期だったのか見てみましょう。

 

昭和20年3月10日の東京大空襲後、四国で1年間の疎開生活を送り、終戦後、東京に戻ってきました。

母が映画好きということもあり、小学校5年のころから映画館でよく洋画をみるようになったんです。

あのひどい戦争を体験し、娯楽が何もない中で日本国民全員が映画ファンだったのよ。今じゃ考えられないでしょ。映画館は満員電車のよう。

新宿の映画館の周りは闇市で、新聞紙に包まれたピーナツをご飯代わりに買ってもらって映画を見ながら食べるの。ほんの一握りのピーナツでした。。

 

管理人kira2
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新宿の最寄で生きてきた私には考えられないような話です。

 

 

終戦後、洋画がアメリカやヨーロッパ諸国から一気に日本に渡ってきたんです。文化に飢えていた当時の日本人にとって、映画の世界は衝撃的なものでした。TVはまだ未知のメディア。娯楽がほとんどなかったため、映画を観に行くということが当時の日本人にとって最大の楽しみでした。

 

戸田奈津子さんは1936年生まれということで、1945年の終戦時にはたった9歳だったわけです。とても大変な幼少期と、戦後から現代までの日本の復興と発展を生きてみてきた女性なのですね。

 

 

母に連れられて映画館で洋画を見るようになりました。『キューリー夫人』や『チャップリン』、『第七のヴェール』……。それらの映画たちは、それまで本以外では触れる機会のなかった海外の世界を、私の目の前にリアルに映し出してくれました。

もともと物語の世界が好きだったということもあって、すぐに映画の世界に夢中になりました。

 

 

すべてを失ったような終戦後の現実から、今度は外の国の物語や新しい文化が入り、それが日本人の新しい時代の幕開け、未来への希望、活力にになっただろうことは想像できます。

 

 

管理人kira2
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戸田奈津子さんは日本の再生を生きて一緒に見てきた人なんですね。

映画に初めて触れたのは終戦の翌年。母に連れられ新宿の映画館で洋画を観た小学生の戸田さんは、衝撃を受けました

娯楽の少ない精神的な「飢え」と、食べる物のない現実的な「飢え」、ふたつの「飢え」を抱えていた少女にとって、自分たちに無いものをふんだんに見せてくれる洋画は、まるで夢の世界だったのです。

 

終戦直後の「飢え」の記憶から

少女は夢の世界のとりこになった

 

 

子供の頃のそうしたときめきをずっと抱いてここまでお仕事されてきたのですね。

 

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◆戸田奈津子さんの事務所の話

 

戸田奈津子さんの事務所に関してですが、具体的な内容は全く出てきませんでした。

 

まず、戸田奈津子についてのwikipediaのページを確認したところ、事務所に関する記載はありませんでした。

次に、戸田奈津子事務所の関係を各メディアの記事から調べましたが、これもやはり関連のある物が見つかりませんでした。

 

戸田奈津子さんほどになってしまうと、事務所を公開すると色々と不測の事態や依頼が殺到して大変なのかもしれないですね。それだけ、映画配給会社とのかなり密接なやり取りでのお仕事ということで、まだまだ閉ざされた世界なのかもしれませんね。

 

管理人kira2
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その、言ってみれば現在に至っても閉ざされている世界に、自分の力で食い込んでいって、自分の力で地位を確立した戸田奈津子さんがますますスゴイと思えてきます。

 

 

 

気になる戸田奈津子さんの年収は?

 

 

戸田さんの映画字幕翻訳の仕事は「地獄の黙示録」以来、1週間で1本の映画を仕上げていくというペースで現在まで続いているという。手がけた作品数は、およそ1500本以上にものぼるのだそうです。

とある情報では、字幕翻訳のギャラは1本あたり約40万円だということです。

 

管理人kira2
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コレ思ったより、単価低いんですね。

 

週に1本として月4~5本。ということは月に160万~200万円(平均すると180万円)となり、180万円×12ヶ月で、字幕翻訳だけの年収で言うと約2,160万円ほどという概算が出てきます。

 

加えて、戸田さんの場合はハリウッドスターの通訳の仕事があったり、自身の講演会があったりなど別の収入もありますから、もう少しあるのかな?と想像できます。

 

 

ちなみに現在、通訳や翻訳の仕事は人材がたくさんいることもあり、結構収入は不安定で一概には言えませんがあまりよくないようですね。少し調べてみたところ、このような内容がありましたので、参考まで。

 

●同時通訳もありの社内通訳でも時給は高くて2,500円くらい

●この数年、値切られることが増えました。(通訳の方)

●海外取引のある企業で通訳・翻訳をしていますが、波があるので
いつも通訳の仕事があるわけではありません。

●派遣契約者に限って言うとバイリンガル+IT知識で2000円~2800でした。

●経済状況なのかは分かりませんが色んな職種で時給が下がってきています。私がする仕事も最近は1700円くらいで募集もあるようです。

●派遣通訳者”は基本的に企業の正社員の”英語屋さん”として時間単位でで雇われます。フルタイムの仕事でも時間で支払われるのがほとんど。

●東京都心の企業、同時通訳者時給1700~1800円”とでかも平気で募集広告が載っています。

●英語の会議で議事録とりながら英語ができないオジサマに内容をサマリーして伝える程度なら、いわゆるアドミさんやアシスタントさんで昨今TOEIC900レベルはザラにいますから、そちらを使うでしょう。

●彼女たちの実際の生活レベルを聞いて、大きな投資(数年分の学費)を回収できる稼ぎのある通訳者は決して多くないと確信をもっています。

●在米で同通歴20年になります。専門分野がある事、フリーランスである事、そ人脈が築けた事で、日本での平均の4倍以上の時給です。簡単な同通もいたしますが、さほど変わらぬ時給です。

●法律関係の時給は英語3000円、その他言語4000円でした。難しい案件だともう少し高めですが平均してもこんなものです。

●以前は派遣でも同通となると3000円以上もらえてたそうですが、今では2500円ならいい方だと思います。昔は一般事務でも1700円くらいの時給だったのが今では1400円くらいになってます。

●特許などは社外に流出すると困るトップ機密なので、英語で交渉できる人材は破格の給料で正社員で雇用されます。

●海外との取引のために通訳兼事務の社員さんがいますが、年収200万くらいです。

●通訳を始めたばかりの人などは時給2000~2500円で、派遣会社から信頼できる通訳になると時給は3500~5000円ぐらいになるようです。
以前、通訳の派遣をやっていた時は年収700万円台でした。その後、企業に正社員として働いていて、現在の1000万円台になっています。

 

管理人kira2
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なかなか好きでないと続けていくことが難しそうな待遇からが基本のようですね。

 

戸田奈津子さん自身も、翻訳や通訳と映画字幕の翻訳はかなり趣向が違うとおっしゃっています。時間の制限があること、そして、直訳から言葉を短くしつつ、物語のストーリー性や役の意図を保ちつつ、字幕を読んでいる意識を抱かせないほどの透明な存在でないとならない、というニュアンスのことをおっしゃっています。

そして何より、英語よりもむしろ

 

 

日本語を知らないと無理!

 

と強く主張されていました(笑)また、もう一点

 

われわれの仕事はお金の話をみんなお聞きになるんだけど、みんなすごく妄想を抱いてらして、1本やるとすごい翻訳料が出ると思ってらっしゃる。でも、全然そうじゃないの。原則でね。

「映画配給会社から仕事を請けギャラはキャリアに関係なく一律」

そして現在の日本でもこれで食べて行けるのは10人程度。

 

管理人kira2
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とっても厳しい世界のようです!

 

戸田奈津子さんは婚したの?旦那・子供はいるの?名言あり。

 

戸田奈津子さんご本人は過去に別のインタビューでこうおっしゃっていたそうです。

「結婚願望がなかった。したいことは字幕翻訳の仕事だけだったので。」
結婚したいと思ったことは一度もない、独身最高!」

 

とおっしゃっていたそうです。それだけ映画の魅力に取りつかれ、映画翻訳が恋人ということかもしれません(笑)。それを立証するようなインタビューもありました。

 

どんな好きな男と結婚したって30年も結婚したらいやになるでしょ(笑)。私は1年でも無理だと思う。

でも仕事に関しては何十年やってもラブラブ。だからとても幸せです

 

きっと、20年もの間、映画の字幕翻訳家になるまでのいばら道を、自力開拓して歩いてこられたわけですから、夢の途中でよくわからない男に時間や労力やお金をつぎ込む気持ちにはれなかったんでしょうね(笑)また、それが結構長い年月だった、と。

そして、仕事が獲得出来たら出来たで、そっちが楽しくて夢中だったのだと思います。昔の記事だと戸田さんでもこのような表現をしています。

 

 

この仕事のために他のものをいろいろ犠牲にしてきました。

結婚もしなかったし、子どもも作らなかった。とにかく仕事一途でした

 

でも、よくよく考えるとそれは自分で選んだことだし、選ぶほど優先度が高い望みでもなかった、そこを大事に思うようになった戸田さんのニュアンスは時を経て、だいぶ変化しています。

 

 

 もちろん捨てたものも多いわよ。でも、私の好きな言葉に

「You can not have everything.」(すべてを持つことはできない)

というのがある。欲張りすぎて全部ダメになることもあるのよ。

 

亡くなった母も結婚しなさいと言った時期はあったけど、最後は「あなたが結婚しなくてよかった」と言っていたわね。

友達が孫を預けられているのを見て大変だと思ったらしいの(笑)。

子供を産んでいたら、それなりにすばらしい体験だったと思うけど、私の時代、この仕事は子供を持ったら両立できなかったでしょう。善しあしじゃないけど…。

 

戸田奈津子さんはご結婚もせず、お子さんもいらっしゃらない人生でしたが、ご自身の人生で最もかなえたかった夢は叶えることができました。それによって、とても自分の人生に充足感を得ていて、80を過ぎるこの年齢に至ってもずっとしあわせな様子です。

 

管理人kira2
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今では海外スター達の日本のお母さん(笑)!

 

戸田奈津子死亡説?引退と目の病気 

 

 

戸田奈津子さんは78歳のときに、テレビ番組の収録中「加齢黄斑変性」という目の病気を患い左目の視力を失っていたことを告白しました。

60歳の頃から加齢黄斑変性の症状が出始め、それ以来、右目だけで仕事をしてきたということです。

 

「最初、『えっ? 変だな』と思ったのは、グラフ用紙や障子の桟(さん)が曲がって見える。それで気づいた」といい、診断の結果は「加齢黄斑変性」だったという。

 

70歳の頃には症状がさらに悪化してしまい、、字幕の仕事にも支障が出てきたなと自覚し、それからはあまり仕事は詰めていないそうです。

 

 

字が読めないのはとっても不便。それに距離感もないでしょう…よく階段も落ちるし、人の顔は見えないですし」と、その苦悩を明かした。

「両目が見えなくなったら大変だと思うけど、本当にラッキーに右目は生きているのよ。それだけで、十分。私は」

 

今は週に1本やっていた仕事も月に1本とセーブしており「現在は右目で時間をかけて読む」のだそうです。取材中には「字が読めなかったら生きている甲斐がない」と弱音を漏らすも一幕もあったそうなのですが、

 

最後は「80年近く生きててやってきた仕事。楽しい仕事だし、私が好きで選んだ仕事だから、何も悔いはございません」と前向きに仕事継続していく気持ちでいらっしゃったそうです。

 

 

昔ほど「馬力はない」と弱音を吐きつつも、その年だけでも12本ほどの作品を手がけていたというのですから本当に好きじゃないととても出来ない域の仕事への向かい方だなあと思います。

 

私もう80歳になるのよ。20世紀にいい映画を年間40本ペースで翻訳してきて、もう十分働きました。

字幕で新しい志を燃やすというより、これからは少しゆとりが欲しいですね。今までがあまりにも忙しかったから。自分の時間を作って、時間に縛られない暮らしができたら、と思っています。

 

生きて右目が見える限り、映画を愛する戸田さんに引退の文字はなさそうです。

 

戸田奈津子とトム・クルーズの関係とは?

 

トムにとっては日本の「お母さん」戸田奈津子さん

 

 

ハリウッドの大大スターで、日本でも長年にわたり大変な人気を誇るトム・クルーズ戸田奈津子さんとトムの親交は’92年に初来日してから、もう2018年現在で26年にもなるということです。

2018年夏は23回目の来日を果たし、戸田さんという右腕を連れて、最新作『ミッション:インポッシブル/フォールアウト』のプロモーションを行いました。

 

最初から好印象で、全く人が変わらない。昔からファンを大切にする優等生で、笑顔で周りに気を使える本当にいい人。女性に対しては非常にレディファーストで、その気遣いようは大変よ(笑)。

今回の会見でも、私が舞台から降りるのを待ってて、手を取ってくれたんです。そんな人ほかにいませんよ。

 

とにかくベタ褒め(笑)大好きなんですね。

 

ハリウッドスターの中でも来日頻度が高いからこそ、親しくなっていくと戸田さんはおっしゃっていますが、むしろ戸田さんのような日本に来ても安心できる「お母さん」がいるからこそトムも日本を大切に思って来日してくれるのかな、と私は思います。

 

 

トムの方も毎年、戸田さんの誕生日になると忘れずに蘭の花を戸田さんに贈ってくださるというほど、戸田さんのことを特別大事に思っているようです。

 

通常、来日時の通訳は配給会社が決めるのだが、「トムが来たら、戸田氏」というのは暗黙の了解。何より、トム自身が彼女を希望しており、戸田氏の誕生日や「お歳暮」の時期にトムがプレゼントを贈るなど、プライベートでも親友と言っていい関係だ。

 

お二人の信頼関係がとても強いことは別の方面からも多数聞かれます。

 

今回のトム・クルーズも、いつものように饒舌だったが、そこには戸田氏との「阿吽の呼吸」も関係している。

通常、記者会見の通訳は、当事者がある程度、話し終わってから、改めて日本語の訳が話されるのだが、トム戸田氏の場合は、ほぼ同時通訳のように展開されていく。

だから日本語訳の間に休む時間もなく、トムは気持ちを切らさず、流れるように話し続けることができるのだ。これは長年の関係で築いたテンポだろう。

トムが機嫌よく話す方が、場が盛り上がるのも、これまた事実である。

 

戸田さんの通訳を信頼しているからこそ、トムが自由に饒舌に話せる面もあるのではないかな?と思います。そこに不安があると繊細な表現の部分、つまり誤解を生じかねない細かい部分の感情を話すことができない可能性が出てきます。

 

 

戸田さんがトムから思っている事を自由に話せる状況を引き出せるのは、信頼関係や長年お互いに交流があって本質を知っているという背景があってこそですし、それが可能であるからこそ、トム本人も楽しんで話ができるのかな?と思います。

 

日本でトムをいちばん身近で見てきたであろう戸田さんにトムの魅力を尋ねるとこう回答されたそうです。

 

とにかく善良で、そして真摯に人を喜ばせる。それが自分の“ミッション”とわきまえて徹底してやっている人。この前のジャパンプレミアイベントでも、スターが汗かいたらみっともないからって水も飲まなかったのよ。

 

 

大変な親日家であることが有名なトム・クルーズですが、日本が東日本大震災後、トムは映画配給会社に「被災地を訪問したい」とオファーした事があるそうなのです。しかし、滞在わずか27時間という過密スケジュールだったため最初のオファーは叶わずに終わってしまったらしいのですが、

それでも彼は諦めずに再度「被災地の方をプレミア試写に招待したい!」とオファーしたという話があります。

 

20名ほどの福島県の方がバスでプレミア試写へとやってきて、試写の後にトムは皆さんと会い、一緒に写真を撮ったり、被災者の方が持参した写真を見て励ましたり……と元気づけようと必死だったとか。招待された方の中には泣いている人もいたそう。

 

そうしたトムトムらしい温かい優しさや愛情を一番よく知っているからか、戸田さんはトムの出演作では、ヒューマンドラマである『レインマン』のような作品が好きなのだそうです。

 

 

現在、トムは来年(2019年)夏アメリカで公開予定の『トップガン:マーヴェリック(原題)』の撮影中ということで、それならば1年後もまた、トムとのツーショットが見られる??可能性があるということです。

 

かもですね。早く来てもらわないと。こっちはもうすぐ人生が終わりますから(笑)。

 

 

来年はナント83歳になる戸田奈津子さん。元気にまたトムと再会できることを楽しみにしているようですね。戸田さんがいつまでもキラキラしていられる一つの要因に「トムの愛」が絶え間なく注がれていることもあるのかもしれないですね♪

トム・クルーズと、その横にいる戸田奈津子さんというのは、もはや「定番」の風景です。その情景がなくなるなんてそんな寂しいことはありませんので、今後も戸田さんの長いご活躍を期待したいと思います。

 

管理人kira2
管理人kira2

いつまでも元気な姿を見ていたいですね♡次回は第2弾として好きなことを形にした戸田奈津子さんからのキラキラヒントに迫っていきたいと思います♪

 

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