薬師丸ひろ子と旦那・玉置浩二結婚なれそめと夫妻の離婚理由子供は

◆結婚・夫婦

◆1991年1月(年齢26歳)薬師丸ひろ子が元旦那さん・安全地帯歌手の玉置浩二と出会い、楽曲提供をなれそめに電撃結婚!若い頃の夫婦の結婚式はハワイマウイ島挙式 何回目?履歴画像

 

1991年26歳となった薬師丸ひろ子さんは前述のように人気も女優としての功績もすでに手にする中で、ご結婚されます。薬師丸ひろ子さんの結婚歴としては初婚でした。

 


画像:vtv.hp2.jp

 

当時のテレビ中継のアングルやテロップを見ると、結婚相手で旦那となったの玉置浩二さんよりも圧倒的に「薬師丸ひろ子さんの結婚」としての注目度が高かったことが伺えます。

 


画像:vtv.hp2.jp

 

玉置浩二の姿勢が
やたらいいw

 


画像:vtv.hp2.jp

 

玉置浩二さんがボーカルを務める「安全地帯」アマチュア時代1973年からスタートしているので、すでに活動は長く活発に行われており、メジャーデビューから5年後に出会ったのが薬師丸ひろ子さんだったようです。

 

交際や結婚に至った理由としては、薬師丸ひろ子さんが玉置浩二さんの音楽的才能に惚れこんでしまったことだと言われています。

 

結婚後に旦那の年収を100倍にした落合信子さんのお話はこちら

 

◆1987年10月(年齢23歳)10thシングル「胸の振子」をイケメン安全地帯の玉置浩二が作曲し嫁となる薬師丸ひろ子へ楽曲提供したのが昔の出会いと結婚の馴れ初め。夫妻で甘い声!年齢差は? 

 

薬師丸ひろ子さんと玉置浩二さんのハワイマウイ島での結婚式より3年と少し前に、薬師丸ひろ子さんは10枚目のシングル曲を玉置浩二さんから楽曲提供を受けています。「胸の振子」(作詞:伊達歩/作曲:玉置浩二)という曲です。

 


画像:「胸の振り子」

 

胸の振子が鳴る トゥルルル・・・・

 

これが歌になるなんてw まずそれがスゴイ。

 

この曲を聞いてみたところ・・・前奏がジブリを思わせるドラマチックな入り。その後の上記フレーズでスタートするメロディーがですね、かなり歌うのが難しそう!難易度高の1曲となっていました。歌い切ったのも凄いし、この歌詞にメロディー付くのもすごい!と思ってしまいました。

 

声も甘くて素敵。

 

玉置浩二さんの音楽活動は「安全地帯」というバンドから始まっていますが、安全地帯がメジャーデビューしたのが1982年1月となっています。玉置浩二さんもバンドボーカルとして「甘くてセクシーな声」がとても注目されていました。

奥さんとなった薬師丸ひろ子さんもまろやかで甘い声を持っており、ご夫婦で「甘い声」の持ち主だったと言えそうです。

 


画像:https://ameblo.jp/gami1972/entry-12461763710.html

 

お二人の年齢差は
6歳差

 

 

1991年1月のハワイマウイ挙式までに花嫁を目指してどんどん綺麗になる薬師丸ひろ子の昔の写真と結婚相手は大ヒット曲「ワインレッドの心」の歌手・玉置浩二!何回目の花嫁さん?結婚歴と離婚歴

 

玉置浩二さんに楽曲提供を受けた1987年10月の10thシングル「胸の振子」発表後から1991年1月のハワイマウイ島挙式の間に、やはり恋の力とでもいうべきか、薬師丸ひろ子さんがどんどん綺麗になっていくのが印象的です。

 

 

一方で玉置浩二さんには薬師丸ひろ子さんとの結婚以前の1983年に北海道の同郷である一般人女性との結婚歴と同女性との1986年の離婚歴があり、おまけにその間の不倫まであり(後述)傷だらけのバツイチからの再婚という事となりました。

薬師丸ひろ子さんは玉置浩二さんにとって2回目の結婚二人目の妻という事になります。

 


画像:https://aucfree.com

 

一方1983年に大ヒットとなった曲である安全地帯4thシングル「ワインレッドの心」井上陽水さんの歌詞と玉置浩二さん作曲で大ヒットとなりました。その頃の玉置浩二さんの姿がこちら。薬師丸ひろ子さんとの結婚の時には右肩上がりの歌手だったという事になります。

 


画像:https://entertainment-stile.com

 

切れ長セクシー

 

◆1998年6月(年齢34歳)嫁・薬師丸ひろ子が元旦那・玉置浩二と昔、誕生日パーティ離婚!夫妻の破局理由と原因は? 子供は?画像

 

1991年、周りに祝福されての電撃婚を遂げた女優・薬師丸ひろ子さんと安全地帯歌手の玉置浩二さんでしたが、7年後の1998年には驚きの電撃離婚を遂げています。

 

 

電撃離婚の舞台は誕生会。

 

なんと、薬師丸ひろ子さんと玉置浩二さんの離婚が発表されたのは1998年6月5日に開かれた薬師丸ひろ子さんの36歳のバースデーパーティの席でした。芸能関係者も約100人ほど出席されていたらしく、お二人と関係のある大物芸能人も多く居る場で、宴の最後に発表されたのがお二人の離婚発表でした。

 

突然、玉置浩二さんが「今日で別れます」と発言し、
薬師丸ひろ子さんも
「そういうことなんです。離婚届はこれから出します」と、二人の口から離婚することが発表されたのでした。
引用元:https://kaikumikodaisuki.com

 

事務所から各方面への「離婚報告」という形が主流の現代からすると、だいぶぶっ飛んだ印象の離婚発表ではありますが、お二人が結婚生活において支えて貰った方々に対し、最初にこれまでのお礼と二人の報告をするという事だと考えると、むしろとても人間関係を大事にされた形での報告だとも言える気がします。

 

離婚は
2人が幸せを掴むための
スタートラインに再度立つこと

 

と発表されています。なお、薬師丸ひろ子さんと玉置浩二さんの間にお子さんは居ませんでした。(お子さんについては後に補足情報あり)

 

西川史子さんの旦那さんとの離婚とそこからの再起のお話はこちら

 

◆女優嫁・薬師丸ひろ子と歌手旦那・玉置浩二の離婚までの昔の結婚生活は?入籍翌年の1992年ライブと1993年の安全地帯の活動休止~ソロへのストレスが理由?

 

お二人の離婚までの経緯として結婚生活に関する情報を振り返ってみたいと思います。結婚後1年間の、薬師丸ひろ子さんは同月にシングル「風に乗って」、3月に8枚目のアルバム『PRIMAVERA』をリリースしていますが、それ以外は1年間完全に芸能活動を休止しています。

 


画像:https://ameblo.jp/gami1972/entry-11628997072.html

 

その後も基本的には自粛して専業主婦のような生活となり、夫である玉置浩二さんの音楽活動を支えていたようです。初期には安全地帯のツアーに同行することもあったようです。

 

薬師丸ひろ子さんと玉置浩二さんの結婚の翌年にあたる(結婚から1年9ヶ月)1992年の12月の神奈川県立県民大ホールでのライブについてはDVDになっているようで、ファンの方のブログ感想がありました。

 

その話によると、玉置浩二さんの持つ、「優しさ」「温かさ」「駄目さ」「力強さ」「励まし」「カッコよさ」といった情感的な魅力の中でも、この時のライブは非常に「怒り」のエネルギー値が高いライブだったようです。

 


画像:https://ameblo.jp/gami1972/entry-11628997072.html

 

この頃の玉置浩二さんの持つ「怒り」が原因かどうかは分かりませんが、1993年に安全地帯は活動を休止し、玉置浩二さんはソロ活動に専念するという感情的に不安定な時期を迎えています。

 

そしてちょうど、1992年の年末には大晦日にニューヨークで林真理子ご夫妻と薬師丸ひろ子さん、玉置浩二さん夫妻がばったり会って共に過ごしたという事が2013年のAERAの対談で語られており、その頃の薬師丸ひろ子さんが多く海外を旅をしていたことも分かっています。

 


画像:1992年『サハリン(樺太)感動の47年』

 

玉置:薬師丸さんとは夫婦だったんだけど、彼女はいろいろ旅をしていて、僕はグレゴリー・ハインズのタップが見たくてニューヨークに行っていたから、「じゃ、ニューヨークで会おうか」ってことになって。
引用元:Arra.dot

 

一方、夫婦としては1993年の玉置浩二さんのアルバム『カリント工場の煙突の上に』の中の西棟午前六時半」という曲で夫婦デュエットもしています。

 

また、1994年には海外のHIV患者の子供たちへの支援のための活動である『Act Against AIDS ’94』にご夫婦で参加されています。

 

 

◆1996年(年齢32歳)女優嫁・薬師丸ひろ子が昔、旦那・玉置浩二との結婚期間中、生放送音楽番組に代打出演でお詫びするシーンがあった。離婚原因へ?

 

さらに、1996年12月に旦那の玉置浩二さんが大腸の炎症になった際には妻である薬師丸ひろ子さんは夫の看病だけでなく、玉置浩二さんが出演予定だった生放送の音楽番組に代打出演し、夫の急な病状により出演できない状況についてお詫びの言葉まで述べていたそうです。

 


画像:https://entertainment-stile.com

 

この頃までは薬師丸ひろ子さんと玉置浩二さん夫婦の結婚生活は情報だけを見ると、順調そうな印象を持ちます。しかし、見えない水面下では少しずつ夫婦の関係に溝ができていったようでした。

 

 

◆1997年(年齢33歳)女優妻・薬師丸ひろ子が夫・玉置浩二の嫁時代に不倫ドラマ『ミセスシンデレラ』に若い頃から18年ぶりの主演出演の異変!恋人役に内田聖陽、旦那役は杉本哲太。離婚危機への背景が理由だった?画像

 

薬師丸ひろ子さんと旦那・玉置浩二さんの結婚生活の変化が明確に出てきたのは離婚前年の妻・薬師丸ひろ子さんのドラマ『ミセスシンデレラ』出演でした。

 

これまでずっと映画界を中心に映画女優としてのキャリアを重ねてきていた薬師丸ひろ子さんにとって、民放のドラマ出演はまさに18年ぶりという異例中の異例のような出来事でした。

 


画像:twitter

 

内野聖陽に
日本中の女性がメロメロだった!

 


画像:https://ilprincipe.exblog.jp/12870332/

 

実は、このドラマは昔からあんまりドラマ好きじゃない私もたまたま2話目くらいから釘付けで見てしまい、当時私自身もなぜかピアニストの卵と付き合っていたこともあって、最後まで感情移入して見てしまいました。(若かったw)

 

とにかく当時の内田聖陽さんのカッコいいこと!女性はみんな内田聖陽さんに恋していたのではないかと思います。

 


画像:https://plaza.rakuten.co.jp/megustapyh/diary/20051…

 

しかし、ストーリー的には純愛に見えながらも、普通の主婦が年下の独身青年に惹かれていくという簡単に言えば不倫ドラマ

 

 

ところが最後に旦那役の杉本哲太さんが、内田聖陽さんを上回る分厚い男気を見せつけた!

 

ホントかっこよかった!

 

このドラマのラストはちょっと人選を間違っていたら、全くラストが感動にならなかったのではないかと思いました(笑)

旦那さん役の杉本哲太さん見事だった。私はもはや夢中で見ていたことは記憶していますが、今となってはこのドラマは杉本哲太さんのシーンしか殆ど覚えてません。

 


画像:https://middle-edge.jp/

 

私も、たしかドラマが終わるころに
単にピアノの音が好きなだけだ
と気づいた(笑)
という黒歴史があります。

 

こちらのドラマで薬師丸ひろ子さんは、ザ・テレビジョンドラマアカデミー賞主演女優賞を受賞しています。

 


画像:https://yumeijinhensachi.com

 

さて、ご夫婦の関係に戻ると、このドラマの台本は撮影スタートの段階で最後まで貰えていなかったことで、とても出演が不安だったと後に師丸ひろ子さんは語っていますが、不倫純愛のドラマであることは分かっていたわけです。

 

よほど精神的に成熟感とゆとりのある旦那さんでもなければ、相手役がまだ名前もないような若い新人俳優だったとはいえ、妻がドラマで恋をしていく演技をするというのはちょっと耐えられないのではないかと思いました。

 

で。玉置浩二は??

 


画像:https://career-find.jp/

 

旦那・玉置浩二は
パッション第一な男w

 

ちょっと、正直コレはあくまで想像ですが、音楽をつくるような感性で動く人はもう生まれながらにして躁鬱気質気味でしょうし、

これ以降の玉置浩二さんを眺めてみても、とても「成熟感ある大人」とは言えなそうなので、100歩譲って「好きなことすればいいよ」と言ったとしても普通の状態であれば、だいぶダメージがあったのではないかと思われます。

 

普通の状態なら。

 

けれども、どうも後の経緯を考えると、これは薬師丸ひろ子さんのが夫・玉置浩二さんとの関係をお互いに見直すきっかけとして選択した仕事だったのではないかと思えてきます。

 

翌1998年、薬師丸ひろ子さんと玉置浩二さんは離婚・・・。

 

 

◆1999年12月(年齢35歳)女優元嫁・薬師丸ひろ子との離婚から1年後、元夫・玉置浩二が安藤さと子と再婚して結婚歴加算 !妻はシンガーソングライターへ画像

 

薬師丸ひろ子さんとの離婚が決まった翌年にあたる1999年12月玉置浩二さんは1995年から安全地帯のサポート・キーボーディストとしてツアーなどにも参加していた安藤さと子さんと再婚をされています。

 


画像:https://tower.jp/

 

また、玉置浩二さんの再再婚入籍(3人目)の半年前にあたる6月には安藤さと子さんは玉置浩二さんプロデュースによる1st.アルバム『A LITTLE SEED OF ONE BIG TREE』をリリースしています。

 

そのアルバムの制作期間を考えると、薬師丸ひろ子さんと離婚した年の6月以降に割と早い段階で玉置浩二さんが移住した軽井沢での生活をアルバム制作という名目で安藤さと子さんと共にしていたことが推定されます。

 

安藤さと子さんと入籍後には、玉置浩二さんは軽井沢にログハウスを建築しています。また、安藤さと子さんは玉置浩二さんと一緒になってからシンガーソングライターとして活動を開始しています。

 

すでに二人の関係は
薬師丸ひろ子さんとの結婚生活において
「始まっていた可能性」。

 

というのは、玉置浩二さんはここに至るまでにもそうした「前科」があったのです。

 

 

◆薬師丸ひろ子の元夫・安全地帯・玉置浩二の若い頃からの結婚遍歴の嫁たち。 石原真理子、青田典子も登場! 原因理由にDVも?まとめ画像

 

たくさん結婚歴のある玉置浩二さんなので、薬師丸ひろ子さんを含めた歴代のお嫁さんをサクッと時系列に並べてみたいと思います。

 

 

●①1983年-1986年【北海道の同郷の一般人女性】
●②1991年-1998年【薬師丸ひろ子
●③1999年-2007年【安藤さと子】
●④2009年【石原真理】
●⑤2010年-現在【青田典子】

 

これだけでも圧巻といった印象の玉置浩二さんの結婚歴ではありますが、事実はもっともっと複雑でした。事実関係も含めて、簡単にまとめ直すと次のようになります。

↓↓

●①1983年-1968年【北海道の同郷の一般人女性】と結婚

1985年石原真理子との結婚当初からの不倫が発覚し、記者会見(後にDVがあったと自伝『ふぞろいな秘密』で告白される)

●②1991年-1998年【薬師丸ひろ子】と結婚

結婚期間中に玉置浩二は精神病院へ入院していた事実を後に語っている
別居状態中に安藤さと子と交際開始!?

●③1999年-2007年【安藤さと子】と結婚

2006年石原真理が自伝『ふぞろいな秘密』出版

離婚後の2008年に玉置浩二は急性膵炎で活動停止。失意に暮れて軽井沢で療養

2009年石原真理が電話連絡して23年ぶりに再会し11日後に入籍を電撃発表

●④2009年【石原真理】(重婚で正式な結婚歴にはカウントされていない事実婚)

★2月から始まり4月に挙式、7月に韓国旅行へ行き石原真理さんを置き去りにして別れ

●⑤2010年-現在【青田典子】と結婚

 

こうしてみてみると、玉置浩二さんの結婚に関する話の中でも、公式な結婚としても認識されず、事実婚としての期間も1年未満という石原真理さんとの関りがものすごく強い半生だったことが分かります。(上記の青字石原真理さんとの関りに関する項目)

 

石原真理さんは2006年出版の自伝『ふぞろいな秘密』において玉置浩二さんから交際中に暴力を振るわれたというDVについても語っていたようです。(それなのにその後に事実婚になっているのも変なお話)

 

このお話から、玉置浩二さんが薬師丸ひろ子さんとの結婚期間中においてもDV暴力を行っていたのでではないかというお話もあるようですが、こちらに関してはあくまで当事者以外からの憶測の情報のようです。

 


画像:https://geinou-news.jp/articles/石原真理子-ブログ-病気

 

もともと精神的に弱い部分を持つ玉置浩二さんが、石原真理さんというちょっとトラブルを起こしやすい体質の女性に引っ掻き回されてしまった半生とも見えなくはないです。

 

しかし、それだけ翻弄されたのには石原真理さんの持つぶっ飛んだ感性玉置浩二さんの創作意欲を刺激したり、何か特別な感度をくれる女性だったからとも言えそうです。

 


画像:biglobeニュース

 

現在でも石原真理さんの公式ブログのぶっ飛び感はハンパないようで、モデルのローラさんに対してはザックリいうと「私のマネをしている」と噛みついていたり、「私がゼウスを復活させた」などとおっしゃっているそうです。

 

たしかに、
そんじょそこらでは
お会いできそうにない感性w

 

こうしてみてみると、歴代結婚相手の嫁の中では、最も石原真理さんからの熱波の影響が少ない結婚期間が薬師丸ひろ子さんとの結婚生活だったのではないかとも思えます。。。

 

 

◆薬師丸ひろ子は元夫・安全地帯・玉置浩二との離婚後に若い頃から可愛いと言われていたチャームポイントのほくろを除去?画像

 

薬師丸ひろ子さんというと、右目の下にあるホクロがデビュー当時からのチャームポイントでした。

 

 

泣きボクロが可愛いと話題だった

 

しかし、現在では跡形もなく、完全に除去されています。

 


画像:https://hungerfordroad.com/

 

ホクロを除去した有名人女性・芸能人はこちら↓

印象的ほくろを取った女性有名芸能人・女優ホクロ除去手術の前後写真
印象的なほくろをあえて除去手術された女優、有名人、芸能人を中心に調べてみました。インパクトのあるホクロをとるのは勇気がいることだと思いますが決行する、そこには色々な年齢的背景や理由、想いものっているようです。

 

調べてみたところ、写真週刊誌の『FLASH』によると、薬師丸ひろ子さんの顔からチャームポイントである泣きボクロが消えた時期について、1994年5月から1995年12月の間だと推理しているという事が分かりました。そうすると、離婚をきっかけに泣きボクロを取ったのではなく、結婚期間中に除去手術をしたことになります。

 

こうしたことから、円満に見えたお二人の結婚生活の中でも、色々な葛藤があり、よりよくしていくためにまず自分が「変わろう」薬師丸ひろ子さんは努力されていたのかもしれないなという印象を受けます。

 

⇒次ページ【薬師丸ひろ子玉置浩二の間に子供は本当にいなかったのか?離婚後から現在までの歩み】

コメント

  1. すえちゃん より:

    BSで薬師丸ひろ子さんのコンサートを堪能し、玉置浩二に触れてたので、気になってこのサイトにたどりつきました。読みがいあった〜!玉置さんの昔の画像も懐かしかった♥️

  2. kira2kira2 より:

    あたたかいコメントありがとうございます。これまで薬師丸ひろ子さんと玉置浩二さんのお話となると玉置浩二さんの離婚再婚ばかりが短絡的に報道され注目されてきましたが、ひとつひとつをきちんと見ていくと、薬師丸ひろ子さんがどうして玉置浩二さんという人に惹かれ、結婚したのか?というところも納得するような気持ちになりますね。

    薬師丸ひろ子さんの記事は私も思い入れが特に強かったので、長すぎるだろ…と自分でツッコミを入れながらも最後まで熱意だけで作っていました。最高のご褒美を頂いた気持ちです。ありがとうございました。またご縁がありましたら、是非遊びにいらしてくださいね。


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