裕木奈江が昔かわいい!秋元康とのドラマ・ポケベルが鳴らなくて画像

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1990年代にドラマ・ドラマ・CM・歌番組・ラジオと多方面でアイドル的な人気を得した裕木奈江さん。その一方で、「魔性の女」「嫌いな女性タレント1位」等、主に女性からの支持がガタ落ちしてしまう不運に遭い、テレビだけでなく、日本の芸能界から追放されたとも噂されていました。

ところが、ある日、たくましく清々しい姿でもう一度私たちの前に姿を現すことになります。大変なバッシングに遭いながらも、自ら道を切り開き、現在も芸能界で活動している姿はキラキラとして眩しいですね。今回はそんな裕木奈江さんからキラキラするヒントを探っていきたいと思います。

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◆裕木奈江(NAE)の若い頃が可愛い!本名・身長・年齢などプロフィール

 

まずは基本情報としての裕木奈江さんのプロフィールからご紹介します。裕木奈江さんのかわいらしい感じがよく出ている写真と共にどうぞ。

 

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◆裕木奈江は現在、海外(英語圏)ではNAE名義で活動

 

私が思い出す裕木奈江さん「らしい」表情の写真はコレですね。私自身は、当時もなんとな~く女性から嫉妬されるのは分かるけど・・・というイメージで、それでも嫌いにはなれませんでしたね。ほっておけない、心配になる、か弱そう、というどこか刹那的な存在感であり、守ってあげないと壊れてしまいそうな印象がどこかありました。

 

 

管理人kira2
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かわいい♡

 

裕木奈江さんは1970年生まれなので、2019年には49歳になります。

 

芸名:裕木奈江(NAE)

旧芸名:田沢 奈々、田辺 奈江、

本名:田澤 奈江(たざわ なえ)

出身地:神奈川県

身長・体重:159cm・体重 非公表

誕生日・年齢:1970年5月12日  

血液型:O型

カップ:Bカップ(推定)

高校:神奈川県立都岡高校

職業:女優・歌手

 

芸名の「裕木奈江」さんの名付け親は作家の五木寛之氏だそうです。現在海外でも活動されているのですが、海外ではNAE名義で活動されているそうです。

 

◆裕木奈江の若い頃の可愛いすぎる写真画像と経歴

 

私が年を取ったからかもしれませんが(笑)、改めて見る裕木奈江さんの若い頃の写真に、同性にもかかわらず萌え♡ます。かわいいなあ~。

 

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かわい~♡

 

◆裕木奈江の若い頃がカワイイ♡『オールナイトニッポン』CMにも出演:経歴~’90以前

 

この時期は、無添加の天然素材そのままという感じで、素朴でかわいい感じの裕木奈江さんですね

 

 

歌手としても活躍していた裕木奈江さんです。

 

1987-1988年 「伊藤正次演劇研究所」で研究生として演技を学ぶ

その後「東京アクターズスタジオ」の第1期生として在籍

映画『ソウル・ミュージック ラバーズ・オンリー』で女優デビュー(本名の田澤奈江)。

1988年 『ヤング・ジャパン~開港風雲録~』
1988年 『彫刻の光と影』脇役で出演

1990年 『曖・昧・Me』で主演に抜擢され、本格的な映画出演を果たす。合わせて主題歌「硝子のピノキオ」で歌手デビュー。

 

 

元々裕木奈江さんの軸は「演技」だったようですね。

 

『曖・昧・Me』早川亮さんと裕木奈江さん

『曖・昧・Me』早川亮さんと裕木奈江さん

 

裕木奈江さんはCMにも多数出演していました

 

中部電力(1988年 – 1989年)岐阜養蜂(1990年 – 1991年)読売新聞(1990年)ハウス食品(1992年 – 1994年)日本中央競馬会(JRA)(1992年 – 1993年)カネボウ(1993年 – 1994年)福島県(1993年)任天堂(1993年 – 1994年)ヤマト運輸(1993年 – 1998年)キリンビール(1994年 – 1995年)味の素(1999年)セキスイハイム(2002年)

 

 

かなり大手のCMを請け負っていた裕木奈江さんです。当時の人気が伺えますね。

 

任天堂のCM

 

以降、裕木奈江さんは右肩上がりの人気を得て女優、歌手、アイドル的な活動に忙しくなります。ラジオ『オールナイトニッポン』のパーソナリティーも務めました。

 

ところが、ここから裕木奈江さんにとって大変な時代が始まります。

 

◆若い頃の裕木奈江へバッシングの嵐とその原因:経歴~’90年代前半

 

ここからの裕木奈江さんは女優としての演技力と魅力があったために起こった不運な経験が続くことになります。

 

 

裕木奈江さんが幸の薄い個性の役柄を受けたことや、実際、本人もその後不運な境遇に遭ってしまったことで、「刹那的」で「はかない」イメージが定着してしまいました。

 

 

◆裕木奈江の若い頃の出演ドラマ『北の国から’92 巣立ち』純の恋人役が切ない。。

 

1992年には、国民的人気ドラマである「北の国から」シリーズの「’92巣立ち」において、主演の一人である黒板純(吉岡秀隆さん)の子供を妊娠して、中絶するという少女を若い頃の裕木奈江さんが演じ、一躍脚光を浴びます。

 

『北の国から’92巣立ち』吉岡秀隆さんと裕木奈江さん

『北の国から’92巣立ち』吉岡秀隆さんと裕木奈江さん

 

私もこのドラマでの若い頃の裕木奈江さんは非常によく覚えています。ブランコをこいで悲しそうな声で歌っていた姿が印象的でした。

 

 

私が思うに、ここでの裕木奈江さんのイメージが後からのトラブルの基礎づくりになったのかな?と思います。視聴者の中にいる「息子だいすきママ」の反感を買ってしまったのかなと(主観)

 

 

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このドラマの役が裕木奈江さんへのジャブ1発目となりました。

 

 

というか、ここに日本の文化のちょっとしたおかしいところがあるなあと感じます。そもそもそういう話なのだし、演技なのだからしょうがないだろ、っていうのが前提なのですが(笑)、

 

全国の女の子のお母さん達側が「結婚できる立場でもないのに妊娠させた純役の吉岡秀隆さんに」苦情出す方がまだ、何かわかる気がするんです。でもそうはならず、なぜか裕木奈江さんの方が圧倒的にバッシングを受けて、イメージ落とすことになってしまう状況でした。

 

それだけ、裕木奈江さんの演技が素晴らしかったということでもあります。   

 

 

◆若い頃の裕木奈江出演ドラマ『ポケベルが鳴らなくて』が大バッシングの原因に

 

翌1993年には、連続ドラマ「ポケベルが鳴らなくて」が大ヒットを記録。この時の裕木奈江さんの役柄は、親友の父(緒形拳さん)と不倫関係になり、家庭を壊してしまうという、衝撃的な役でした。

 

 

ここでも、前回の「北の国から」同様、裕木奈江さんの演技力が優れていたあまり、とても不倫関係が自然に映ったことで、視聴者からは裕木奈江さん自身がそういう人間だとみなされてしまい、裕木奈江さんは「女性の敵」として、ひとつの社会現象になるほどの激しいバッシングを受けてしまうことになりました。

 

 

ちなみに、この時期の裕木奈江さんはというと、注目を浴びたことによって毎日3,4時間の睡眠という激務をこなしている時期で、(幸い)いちいちバッシングを気にしている余裕がなかったといいます。

 

 

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ここでも、緒形拳さんの方は安泰です。うむ。

 

 

後に裕木奈江さんが当時のことを振り返って語る際、なんとなく、自分の周囲がざわついているな、と感じてはいた、という話をされています。

 

この仕事をしていれば、どれだけ多くの女優さんが、緒方拳さんに惚れられる女性を演じたいか、ということですよね。

それはすごく満足度が高いことですし、その次は高倉健さんの娘さん役をいただきました。

個人レベルで言うと、誰かを妬む必要がないほど、

すべての夢が叶っていました。幸せでしたね。

 

 

この話の内容からすると、裕木奈江さんがバッシングを受けたのはドラマの視聴者層だけではなく、実際に自分も演技をしているはずのプロの女優さん達からも多かったように聞こえますね。また、もう一つここにはメッセージが込められてもいます。

 

 

 

「誰かを妬む必要がないほど、すべての夢が叶っていました。幸せでしたね。」

言い換えれば、

 

幸せだったら、誰かを妬む必要なんてない

 

ということでしょうか。つらい時期にダメになってしまわないように、こうして叫びつつ、自身の気持ちを立ててきたのだなと、そんな裕木奈江さんの奥にある強さを感じました。

 

ここでの若い頃の裕木奈江さんの体験が女優として、役者としての大きな軸をつくります。

 

 

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◆裕木奈江の若い頃の最大の転機『ポケベルが鳴らなくて』バッシング原因は秋元康?エンディング歌、最終回からも排除された黒歴史

 

ただ、この話にはもう一つ胡散臭い話があると噂されています。というのも、「ポケベルが鳴らなくて」を企画したのは、あの秋元康さん。

 

秋元康氏

 

 

色々と噂がある方ではあります。

 

 

秋元康さんといえば、1980年代には、「おニャン子クラブ」、現在では、「AKB48」「乃木坂46」「欅坂46」など、数多くの女性アイドルグループのプロデュースを手がけ、同時に、アイドル好きで、以前から、女性アイドル達との枕の噂が耐えないのですが、秋元さんは、裕木さんにも関係を迫ったというのです。

 

でも、これも実際は裕木奈江さんをバッシングした人たちと変わらないような噂の情報ではあります。

 

管理人kira2
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確かに秋元さんの奥さん裕木奈江さんちょっと空気似てる。。。

 

秋元康氏の妻 高井麻巳子さん

秋元康氏の妻 高井麻巳子さん

 

秋元康さんの奥さんの高井麻巳子さんも「おニャン子クラブ」の会員でアイドルでした。

 

裕木奈江さん

裕木奈江さん

 

 

秋元康氏が関係を迫った結果、裕木奈江さんにあっさり断られコレが面白くなかった秋元康は、裕木奈江さんに歌わせるはずだった同ドラマの主題歌をお抱えの歌手・国武万里さんに歌わせることをごり押したと言われています。

 

国武万里さんが歌ったドラマと同タイトル「ポケベルが鳴らなくて」は50万枚を超えるヒット曲となり、この曲で国武万里さんは、1993年の日本レコード大賞・新人賞を受賞しました。

 

 

秋元康に干されたっぽい裕木奈江

 

 

 

裕木奈江さんの曲はエンディングに回し、さらにドラマの後半にはそのエンディング曲すら外されたので、裕木奈江さんの事務所である「IMADOKI」裕木奈江さんを収録に出さないという強攻策に出ます。しかし秋元康氏もこれに応戦し、主演女優である裕木奈江さんナシで最終回を撮影してしまうのです。

 

 

大人げない。。。大人の事情に振り回される裕木奈江。

 

 

こうした状況の中で、裕木奈江さんは「ポケベルが鳴らなくて」最終回の成田ロケに不参加…最終回の空港シーンは主演女優が不在で、すべて代役が吹き替え撮影し、後ろ姿や顔を隠したシーンばかりという異例の事態になったのです。

 

ここには役柄の設定や台本で裕木奈江さんの所属事務所とドラマ制作サイドの間に摩擦が生じたとの報道も併せてされていました。その後、事務所と制作側は肖像権侵害やギャラ未払いなど訴訟合戦を展開することになりました。

 

 

また、一部の噂では腹を立てた秋元康氏自身が裕木奈江さんの事務所「IMADOKI」の仕事が減るように業界に手を回し、さらに裕木奈江さんバッシングのシナリオを書いたといいます。以来、週刊誌やワイドショー等からの容赦のないバッシングが始まったとの説もあります。

 

 

これが本当ならもう、犯罪レベルですね。

 

 

いくつもの雑誌が読者からの声として「男に媚びたような目がむかつく」「人の彼氏を寝取りそうなタイプに見える」「どこから見てもさえない女の子にしか見えない」「上目遣いの表情を見るといじめたい気持ちになる」「男ってなんでこのタイプに弱いの。だから最近の男はダメなのよ」といった発言を掲載…嫌われる女ナンバーワンとバッシング報道を始めたのです。

 

管理人kira2
管理人kira2

芸能界ってこわいんですね。

 

これには小さな事務所である「IMADOKI」はギブアップをして、秋元康氏に許しを請うことにしたといいます。

それに対し、許す条件として秋元康氏は、裕木奈江さんと男女の関係を事務所側に要求したという話が事実かどうかは不明ですが、そういった噂の存在があるのは事実です。裕木奈江さんは要求を拒否し、バッシングは更にエスカレートしていったという話になっています。

 

しかし、どこに対しての否定かは分かりませんが、裕木奈江さんはこの件に関する 報道に対して2018年に一定の否定をしています。

 

30年近く前のデマがまだネットでまかり通っている!怖!
https://t.co/fKcd3TMxgc

— 裕木奈江 NAE YUUKI (@nae_auth) 2018年8月5日

 

デリケートな話題でもあるので、せっかくの活動をまた台無しにされるのが嫌だったのでしょう。

 

 

ともかくバッシング自体が存在したのは誰が見ても分かる事実であり、こうしたバッシングによるマイナスイメージは裕木奈江さんにとって想像以上に深刻なものになっていきました。

 

CM・ドラマとも出演は激減…1994年後半の裕木奈江さんはコンサートツアー中心の活動を行い、徐々にテレビへの露出は少なくなっていきました。

 

裕木奈江さんはCMスポンサーからは引っ張りだこの状態だったにもかかわらず、バッシング騒動以降、急に支持を失って状況は一変してしまいます。

 

 

普通の女の子であれば、ここで色々なものから逃げて投げ出してしまいそうなところです。でも、裕木奈江さんは見かけのか弱さとは異なり、とても信念の強い女性だったのです。

 

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◆裕木奈江の若い頃にあったバッシング後の事務所倒産と写真集発表~海外進出:経歴’90年代後半~

 

1997年、追い打ちをかけるように裕木奈江さんが当時所属していた事務所「IMADOKI」が倒産してしまいます。そしてファンクラブは解散する状況に追い込まれてしまいます。新しい事務所である「コムスシフト」に移籍を余儀なくされ、これを機にアイドルから女優業へとシフトし、映画界、舞台を中心とした活動に注力することになります。

 

 

1999年、衝撃的なオールヌード写真集『UNRELEASED FILMS』を発表し、センセーショナルな印象を残して裕木奈江さんは日本を去ります。

 

 

 

今いる水槽が私を受け入れないのであれば、

もっと大きい海に出るのみ。

 

 

裕木奈江さんがそう言ったかどうかは知りませんが、そんな風に、小さな世界に執着せずに自分を受け入れてくれる世界があると信じて、そこを探すことにしたのです。

 

 

小さな世界にいると「それが世界のすべて」のように感じてしまいますが、本当はもっともっと世界は広いし、逢うべき人達はたくさん実際、裕木奈江さんを待っていたのでした。

 

 

管理人kira2
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次はツインピークスの話です!

 

 

 

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